「深煎りは焙煎が長いからカフェインが飛んで少ない」「いや、深煎りのほうが濃いから多い」。どちらもコーヒー店や解説記事で見かける説明で、向きが逆です(どれだけ広く信じられているかは、この記事では測っていません)。この記事では、焙煎度別にカフェインを測った研究を並べて、言えることと言えないことを分けます。結論を先に書くと、焙煎度によるカフェインの差は実測では誤差の範囲で、差を作るのは焙煎度より品種です。

通説の形 — 「少ない」派と「多い」派

日本語の解説を読むと、通説は 3 通りに分かれます。

  1. 深煎りは少ない: 焙煎時間が長いほどカフェインも多少分解される、という説明。就寝前は深煎りが向く、と続くことが多い
  2. 深煎りと浅煎りで変わらない: 専門書ではほぼ同じとされている、という説明
  3. 量り方による: スプーン(容積)で量れば深煎りが少なく、はかり(重さ)で量ればほとんど差がない、という整理

3 つとも実在する言説です(出典は末尾。広まり方の比較はしていません)。どれが実測に近いかを、順に見ていきます。

カフェインは焙煎の温度で壊れるか

カフェインという物質そのものの性質から確かめます。国際がん研究機関(IARC)のモノグラフでは、カフェインの融点は 234〜239℃、昇華点(固体から気体になる温度)は 178℃です。一方、焙煎の目安として業界で使われる豆の内部温度は、1 ハゼでおよそ 196℃、2 ハゼでおよそ 224℃です。

つまり通常の焙煎では、豆の温度はカフェインの昇華点は超えますが、融点にはほぼ届きません。「深煎りではカフェインが多少昇華で失われうる」という説明は、この位置関係から来ています。ただし、豆の内部温度とカフェインの昇華を直接結びつけて測った一次資料は見つかっていません。ここは物性からの整理であって、実測ではありません。

焙煎度別に測った研究は何と言っているか

実際に焙煎度を変えて測った研究が複数あります。数字は乾物重量あたり、つまり「同じ重さの粉に含まれるカフェイン」です。

研究 浅煎り 中煎り 深煎り 結論
Alamri ほか(2022) 1.13% 1.17% 1.08% 焙煎度間で有意差なし。昇華による小さな損失はありうる、と考察
Cwiková ほか(2022)乾式処理の豆 12.0 mg/g 11.9 mg/g 13.0 mg/g 処理方法・焙煎度ともに有意な影響なし
同・湿式処理の豆 12.4 mg/g 12.9 mg/g 12.0 mg/g 同上

見てのとおり、浅煎りと深煎りの差は上下どちらにも振れていて、どの研究も「有意差なし」と結論しています。「深煎りは少ない」も「深煎りは多い」も、同じ重さで比べる限り、実測はどちらも支持していません。

例外は、焙煎の条件が極端な場合です。Freitas ほか(2023)は、ロブスタを 210℃で 11 分焙煎したときのカフェインが 30.2 mg/g だったのに対し、275℃という高温で焙煎すると 9.3 mg/g まで減ったと報告しています。高温・長時間になればカフェインは明確に減ります。ただし 275℃は、専門店や家庭の焙煎の温度域をかなり超えた条件です。

それでも「深煎りは少ない」と感じる理由 — 豆が軽くなる

焙煎で豆は水分と炭酸ガスを失って軽くなります。重量の減少は浅煎りで 1 割前後、深煎りでは 2 割を超えることがあり、深煎りほど大きくなります(業界の技術解説と専門書の値。末尾の出典)。同時に豆は膨らみます。

ここから「量り方による」説が出てきます。同じ重さの粉には深煎りのほうが多くの粒が入り、1 粒あたりのカフェインが焙煎で少し減っていても、重さあたりでは相殺される。逆に同じスプーン 1 杯には、膨らんだ深煎りの粒のほうが軽い分だけ少ないカフェインが入る。筋は通っていますが、同じ豆をスプーンとはかりで量り分けて比べた実験は、今回の調査では見つかりませんでした。 この説明は理屈であって、実測で確かめられたものではない、と読んでください。

カップの中の量は、粉の量より抽出で決まる

粉に含まれる量と、飲むカップに出てくる量は別です。Fuller と Rao(2017)は水出しコーヒーで、中煎り(215〜217℃)の抽出液が 1,180〜1,230 mg/L、深煎り(223〜225℃)が 990〜1,080 mg/L と、中煎りのほうがやや高い値を報告しています。2024 年の別の研究(二次記事経由)も、質量損失が 14〜16% の中煎り付近でカフェインの抽出量が最大になり、それより深く焙煎すると下がる傾向を示しました。

つまりカップの中では、深煎りで少し減る方向の結果が出ています。ただしその差は粉の中のカフェインの差ではなく、深煎りの粉から溶け出しにくくなる抽出上の差です。焙煎度だけでなく、粉の量・湯量・時間・温度のほうが、カップの中のカフェインを大きく動かします。

桁が違うのは焙煎度ではなく品種

同じ Freitas ほか(2023)の研究で、同じ 210℃・11 分の焙煎条件でも、ロブスタは 30.2 mg/g、アラビカは 7.2 mg/g でした。焙煎度で動く幅より、品種で動く幅のほうがはるかに大きい。実の段階の比較では、熟した実でロブスタのカフェインはアラビカより 5 割高く、発育初期の実では約 2 倍とする報告があります(Perrois ほか、2015)。ロブスタはアラビカのおよそ 2 倍とする資料もあります。

「カフェインを気にして焙煎度を選ぶ」より、「アラビカかロブスタか、ブレンドにロブスタが入っているか」を見るほうが、実際の差に近づけます。それでも足りなければ、デカフェという選択肢があります。

国内の棚では、焙煎度が書かれている豆は 3 割弱

コピチャ観測所が観測する焙煎豆 988 銘柄(133 店)のうち、商品名に焙煎度が書かれているのは 265 件で、内訳は浅煎り 78・深煎り 77・中煎り 72・中深煎り 38 でした(2026-09-19 時点)。残り 723 件は焙煎度が題名からは読めません。焙煎度の 8 段階の区分は焙煎度ガイドに、公的なカフェイン濃度の値と一杯あたりの目安はコーヒーと紅茶のカフェインにまとめています。

まとめ — 言えることと言えないこと

主張 判定
深煎りは同じ重さあたりカフェインが少ない 実測では有意差なし。言えない
深煎りは同じ重さあたりカフェインが多い 同上。言えない
極端な高温・長時間で焙煎するとカフェインは減る 言える(275℃級の条件)
スプーンで量ると深煎りは少なく入る 理屈としては通るが、直接の実測は見つかっていない
カップの中では中煎り付近が最大で、深煎りはやや少ない 抽出の研究で示されている(差は粉ではなく抽出の差)
品種(アラビカかロブスタか)の差は焙煎度の差よりずっと大きい 言える

焙煎度でカフェインを調節できる、という考えは、実測に照らすと根拠が薄い。差が欲しければ品種かデカフェ、それが今回の調査で言える範囲です。

参考文献・データについて