インド料理店のチャイは、ミルクと香辛料で煮出した甘い茶です。トルコで「チャイ」を頼むと、ミルクの入らない赤い紅茶が小さなガラスのグラスで出てきます。モロッコでは、同じ席で出る茶は緑茶にミントと砂糖を入れたものです。どれも茶ですが、茶葉も、淹れ方も、加えるものもまるで違います。

この記事では、「チャイ」と呼ばれる茶と、その周りの地域の茶の飲み方を並べます。書いた事実はすべて kopi+cha の知識の台帳で原典を確かめたもので、確かめられなかったことは「分からない」と書きます。

一枚で並べる

地域 茶葉 淹れ方 加えるもの 器・道具 飲む場所
インド 紅茶 少量の水で煮出し、ミルクを加えてもう一度煮出す ミルク・砂糖。香辛料を入れたものがマサラチャイ 素焼きの器クルハド 路上の露店(チャイワラー)
パキスタン CTC 製法の紅茶 水で煮出してミルクを加える。水を使わずミルクで茶葉を煮る作り方もある ミルク・砂糖。香辛料は好みで — —
トルコ 紅茶(黒海沿岸のリゼが主産地) 二段のポット(チャイダンルク)の大きい方で湯を沸かし、小さい方で茶葉を淹れる。濃くも薄くも好みで飲む 角砂糖。牛乳やレモンはほとんど加えない。砂糖を舌の下に置いて飲む地方もある くびれたグラス ince belli bardak 茶館(チャイハネ、çay ocağı)、グラスを運ぶ売り子
アゼルバイジャン 紅茶 銅のやかんかサモワールで湯を沸かし、磁器のポットで茶葉に注いで火にかけ 5〜7 分蒸らす 砂糖・レモン・ジャム。香辛料や薬草を加える地域もある 洋梨形の器 armudu 茶館 çayxana
イラン 紅茶 小さな急須をサモワールかやかんに載せて濃く出し、グラスで湯を足して濃さを調える 砂糖。角砂糖を口に含んですする方法もある 受け皿つきのチューリップ形グラス 茶館
ロシア 紅茶 急須で濃く出した茶(ザヴァルカ)を、サモワールの湯で好みの濃さに割る ジャム・蜂蜜・菓子を添える サモワール、グラスホルダー —
ウズベキスタン 緑茶 碗に注いで急須へ戻す「カイタル」を 3 回くり返す 結晶砂糖・ナッツ・ドライフルーツを添える 小さな碗ピヤーラ 茶館チャイハナ
モロッコ 中国の緑茶(ガンパウダー) 茶葉を湯で洗ってから砂糖の塊と淹れ、高い位置から注いで急須へ戻す 砂糖・ミント(主にスペアミント) — —
香港 数種の紅茶 煮出して布の袋で漉し、注ぎ移して蒸らす エバミルク 布の漉し袋 —
チベット 磚茶(固めた茶)と地元の茶葉 ソーダ水で煮出して漉し、攪拌の筒でかき混ぜる 塩・バター 攪拌の筒 —

表の「—」は、台帳で確かめられていない欄です。

呼び名: 陸を来た「チャイ」、海を来た「ティー」

「チャイ」と「ティー」は、どちらも中国の茶の呼び名から来ています。世界 230 の言語で「茶」を表す語を見ると、中国語の cha に由来するものが 110、閩南語(福建南部の言葉)の te に由来するものが 84、どちらでもないものが 36 あります。

分かれ目は、茶が来た道です。茶を陸路で受け取った東欧やアジアの言語は chai に近い形を採りました。一方、オランダの商人がアモイ(廈門)から海路で運んだ欧州の言語は、te 系の形(オランダ語の thee)を採りました。トルコ語の çay も、中国語に由来する語とされています。トルコ語の çay には、飲み物の茶のほかに、客を飲み物や菓子でもてなす集まりを指す意味もあります。

煮出す茶: インドとパキスタン

インドのチャイは、少量の水で紅茶を煮出し、ミルクを加えてもう一度煮出し、茶こしでこして作ります。カルダモン・クローブ・シナモン・黒コショウ・ショウガなどの香辛料を加えたものを、特にマサラチャイと呼びます。香辛料を水で煮出す使い方は、アーユルヴェーダの薬草飲料カダの流れをくむとされます。

インドのチャイは、20 世紀の茶の販促を通じて普及したとされます。1903 年のインド茶税法は、輸出する茶に 1 ポンドあたり 4 分の 1 パイの税を課し、その収入をインド内外での茶の販売促進に充てると定めました。茶税委員会はカルカッタ(現コルカタ)のハウラー駅で淹れた茶を無料で配り、1 ピス(当時の小銭)の茶葉の小袋を売り、英国式の淹れ方を実演しました。1935 年ごろには組織がインド茶市場拡大局に改められ、宣伝隊が無料の茶を配り、駅・市場・祭りに看板を立て、職場の茶休憩も勧めました。

インドの茶葉の大半は CTC 製法(茶葉を押しつぶし・引き裂き・丸める製法)です。2023 年の生産量は 1,393.66 百万 kg で、そのうち 1,256.62 百万 kg が CTC 茶、118.17 百万 kg がオーソドックス茶でした。路上の露店では、もともと素焼きで使い捨てのクルハドという土の器で茶を出していました。釉薬のない内側に茶が染み込み、独特の香りがつきます。いまはプラスチックや紙のカップに置き換わってきましたが、クルハドで出す店も残っています。

パキスタンのチャイは、CTC 製法の紅茶・ミルク・砂糖で作る乳入りの茶で、ドゥードゥ・パッティ・チャイとも呼ばれます。標準の作り方は、水 3 カップを沸かして茶葉小さじ 1 を入れ、沸いたら全乳 1 カップを加え、もう一度沸いたら弱火で砂糖を加えてこす、というものです。水を使わず、温めたミルクに茶葉を直接入れて煮出す作り方もあります。カルダモン・ショウガ・シナモン・黒コショウ・クローブ・フェンネル・ナツメグ・サフランなどを、好みや場面に応じて加えます。

パキスタンは茶をほぼ輸入に頼っていて、2003 年の輸入のうちケニア産が 66%、インド産が 3% でした。

濃く淹れて飲む茶: トルコ・アゼルバイジャン・イラン・ロシア

トルコ

トルコでは茶を「demlemek」します。茶葉を沸騰した湯に入れ、色と香りが出るまでしばらく置くことを指す語です。淹れた茶の色と香りのよい状態を dem と呼び、ちょうどよく淹れた茶は tavşankanı(兎の血)とも呼ばれます。

道具はチャイダンルク(çaydanlık)です。大小二つの容器を重ねたポットで、下の大きい方で湯を沸かし、上の小さい方(demlik)に茶葉を入れて淹れます。demlik は金属のほか、磁器のものもあります。ユネスコの推薦書は、この淹れ方やサモワールの上の小さな急須で淹れる方法なら、飲む人が茶を濃くも薄くも好みの濃さで飲める、と説明しています。インドのチャイのように一つの鍋で煮出して出来上がりにするのではなく、濃く淹れた茶の濃さをその場で調える茶です。なお、濃さの呼び名(açık・koyu など)は、今回当たった資料では確かめられませんでした。

淹れた茶は小さなチューリップ形のグラスで熱いまま出されます。このグラスは「ince belli bardak」(くびれた胴のグラス)と呼ばれます。角砂糖は入れますが、牛乳やレモンはほとんど加えません。菓子・砂糖・レモン・ジャム・ドライフルーツを添えることもあります。エルズルムなど東アナトリアの町には、砂糖をグラスに入れず、茶ばさみで割った砂糖のかけらを舌の下に置いて飲む「kıtlama」という飲み方があります。客がグラスの上にスプーンを置くと、もう茶はいらないという合図です。

茶は暮らしの決まりにも入っています。トルコでは法律で、職場は 1 日の勤務の中で少なくとも 2 回の茶の休憩を認めることになっています。薄い茶ではなく濃く淹れた茶を飲むことは、子ども時代の終わりと思春期の始まりの印とされます。

茶を出す店はチャイハネ(茶館)と呼ばれ、座席があって客が長く過ごす社交の場です。ユネスコの推薦書では、トルコの伝統的な茶館を「çay ocağı」と呼んでいます。これとは別に、チャイジュと呼ばれる売り子が、グラスを載せた盆を持ってバザールや商店の間を回ります。トルコの「茶の文化」は 2020 年 3 月に国の無形文化遺産目録に登録され、アゼルバイジャンとトルコの「チャイ(茶)の文化」は、2022 年にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されました。サモワールは、トルコでは主にアマスヤとサムスンの銅細工の職人が作っています。

アゼルバイジャン

ユネスコに共同で登録したアゼルバイジャンの茶も紅茶です。茶の湯は銅のやかんかサモワールで沸かし、茶葉は主に磁器のポットで淹れます。乾いた茶葉に熱い湯を注ぎ、火にかけて 5〜7 分蒸らします。器は「armudu」(洋梨のような)と呼ばれる洋梨形のもので、ガラス・磁器・ファイアンス・銀で作られます。カルダモン・クローブ・シナモン・ショウガなどの香辛料や、タイム・セイボリーなどの薬草を加えることもあります。

茶館は「çayxana」と呼ばれ、主に男性が集まって新しい知らせや仕事の計画を話し合う場です。縁談では、花嫁の親が仲人に砂糖入りの茶を出せば同意、砂糖なしの茶なら見込みが薄いことを示します。茶の栽培は 19 世紀末にランカラン地方で始まり、いまは主にランカラン・アスタラ・マサッル・ザガタラで育てられています。

トルコの茶の産地

トルコの茶の栽培地は黒海沿岸のリゼで、栽培の歴史は 20 世紀に始まります。1924 年 2 月 6 日の法律で、リゼ県とボルチカ郡でのヘーゼルナッツ・柑橘・茶の栽培に法の裏付けができました。茶の種子は隣国ジョージアのバトゥミから、1937 年に 20 トン、1939 年に 30 トン、1940 年に 40 トンが入り、茶園が作られました。最初の収穫と紅茶の生産は 1938 年です。国の茶公社 ÇAYKUR の前身は 1971 年の法律で設けられ、1973 年にリゼで活動を始めました。1984 年の茶法で、栽培から販売までが自由化されました。

2016 年のトルコの茶園面積は 829,505 デカールで、リゼ県がその 66% を占めます。この年、ÇAYKUR は 4 月 25 日から 10 月 17 日まで生の茶葉を買い入れ、その期間は 3 つの摘み取りの季節に分かれていました。工場では萎凋・揉捻・発酵・乾燥の順で紅茶にします。萎凋は 32〜38℃ の温風で、乾燥は 90〜100℃ で 27〜32 分かけます。

イラン

イランの茶も紅茶です。小さな急須をやかんかサモワールの上に置いて少量の湯で濃く出し、グラスに注いでから湯を足して濃さを調えます。受け皿つきのチューリップ形のグラスで出し、砂糖はグラスに入れるか、角砂糖を口に含んで茶をすすります。

イランでは 19 世紀後半に茶がコーヒーに替わりました。茶館は「コーヒー館」を意味する qahva-ḵāna とも、čāy-ḵāna とも呼ばれるようになりました。第二次大戦後まで、茶館はニュースを聞き、チェスなどの遊びをし、物語の朗唱を聞く集いの場でした。語り手や詩人が座る台を設けた茶館もあり、朗唱はのちに叙事詩『シャー・ナーメ』が中心になりました。

茶の栽培はカスピ海沿岸に限られます。1875 年と 1884〜85 年の試みの後、1902 年にインドから持ち帰ったアッサム種の苗約 3,000 本が、ラヒジャーンの近くに植えられました。2022 年のイランの紅茶の生産量は 3.1 万トン、消費量は 8.5 万トンで、足りない分は輸入です。

ロシア

ロシアのサモワールの茶は、急須で濃く出した茶を、サモワールの湯で好みの濃さに割って飲みます。ロシア語のザヴァルカ(заварка)は、淹れるための茶葉、また淹れ上がった濃い茶を指します。ガラスのコップは、取っ手のついた金属の台(グラスホルダー)にはめて、やけどをせずに飲みます。茶席にはジャム・蜂蜜・菓子・パイなどが並びます。

サモワールは、底の近くに注ぎ口のある金属の湯沸かしです。中央の筒に炭を入れて湯を沸かし、筒の上に載せた急須で茶を蒸らします。18 世紀半ばのロシアで考えられ、トゥーラでは 1778 年に最初の製造所が開かれたとされます。トゥーラのサモワール博物館(1990 年開館)には、70 リットル入りの大型から、ごく小さなものまで並んでいます。

ロシアの茶は陸路で来ました。1727 年のキャフタ条約で、国境の町キャフタでの交易が決まりました。清からロシアへ向かう茶は漢口で買い付けられ、長江・海路・川を経て通州へ運ばれ、そこからラクダで張家口とウルガを経てキャフタに着きました。運送と護衛にお金がかかり、ロシアで売られたキャフタ経由の茶は、ドイツや英国の茶の 10〜12 倍の値段でした。

緑茶で淹れる茶: モロッコとウズベキスタン

モロッコの茶(アタイ)は、中国の緑茶で作ります。茶の消費の過半は、小さな粒状に巻いたガンパウダーと呼ばれる中国の緑茶です。淹れ方は、まず茶葉を湯で洗って最初の湯を捨て、新しい湯と砂糖の塊を加えます(南部の一部では煮出します)。高い位置から注いで泡を立て、急須へ戻して注ぎ直します。ここに新鮮なハーブ、ふつうはミントを加え、ミントは主にスペアミントです。

モロッコへの茶の輸入は 19 世紀に増えました。1856 年 12 月の英国との条約で関税が価値の 10% に下がりました。それまで茶の関税は、最大で価値の半分でした。モロッコへの茶の輸入は 1830 年代に年 3,500 kg から 2 万 kg に増え、1880 年代には約 27.5 万 kg に達しました。英国の商人がクリミア戦争の封鎖で売れなくなった緑茶をモロッコに回した、という説明もありますが、研究者は根拠の資料が示されていないと疑問を出しています。

ウズベキスタンでは、チャイハナ(茶館)で緑茶(kok choy)を飲みます。高床の台(タプチャン)に座り、低い卓で茶を飲み、プロフやサムサなどの料理も出ます。茶は小さな碗ピヤーラに熱いまま注ぎ、結晶砂糖(ナバト)・ナッツ・ドライフルーツを添えます。出す前に、茶を空の碗に注いで急須へ戻す「カイタル」を 3 回くり返して濃さを均し、それから最初の碗を客に出します。

カシミールのヌーン・チャイは、塩を入れた緑茶の飲み物です。抽出の実験では、加えるアルカリ(重曹など)の濃さが、成分の出方に最も大きく影響しました。

ミルクと油脂の茶: 香港とチベット

香港式ミルクティーは、数種の紅茶をブレンドして煮出し、注ぎ移して蒸らし、ミルクを注ぎ移して作ります。ミルクは生乳ではなく、エバミルク(無糖練乳)か植物性脂肪入りのものを使います。「シルクストッキングミルクティー」という別名は、茶葉を漉す白い布の袋が茶で茶色に染まり、絹の靴下に似ることから来ています。この製法は、2017 年 8 月に香港の無形文化遺産の第 1 次代表リストの一つになりました。

チベットのバター茶は、よそから運ばれた磚茶と地元の茶葉をソーダ水で煮出して漉し、攪拌の筒で塩とバターを加えてかき混ぜて作ります。磚茶は、固い葉や枝を蒸しと乾燥で処理し、型で押して固めた茶です。四川の茶は宋代から「茶馬交易」で運ばれ、1074 年に置かれた役所が、磚茶 130 ポンドにつき馬 1 頭の割合を定めていました。康定からラサへは、ヤクの皮の袋に縫い込んだ茶を、騾馬とヤクの隊が約 3 か月かけて運びました。

どれだけ飲むか

国連食糧農業機関(FAO)の統計では、2003 年の 1 人あたりの茶の消費量は、トルコが 2.38 kg、イランが 1.21 kg、エジプトが 1.06 kg、パキスタンが 0.71 kg でした。

エジプトの 2022 年の紅茶の消費量は 8.6 万トンです。茶市場の約 75% がケニア産の CTC 茶のダスト(細かい粒の等級)で、大半はまとめて輸入されて国内で包み直されます。1995〜96 年の調査では、ナイル川上流の上エジプトでは濃く黒い茶が、カイロやアレクサンドリアの側では薄い茶が好まれていました。

棚のチャイ

kopi+cha が観測している茶葉のうち、商品名に「チャイ」か「マサラ」を含むものは 56 件・19 店です(2026 年 10 月 2 日)。すべて紅茶として扱われています。産地の欄はダージリン 14 件、アッサム 7 件、ネパール 4 件、スリランカ 4 件、インド 3 件で、23 件は産地の欄が空です。商品名に「マサラ」とあるものは 8 件、「ティーバッグ」10 件、「セット」10 件でした。

トルコやロシアのように濃く淹れて飲む茶や、モロッコのように緑茶で作る茶に使う茶葉は、商品名に「チャイ」が付かなければ、この数には入りません。