ORIGIN — COUNTRY / COFFEE

ベネズエラ

VENEZUELA

西部アンデスのタチラ・メリダ・トルヒージョ3州が主産地の国。価格統制・輸出規制・さび病で生産が縮み、輸出は2018年度以降0袋。棚に出るのは農園名つきの数点だけ。

事実

事実出典階層
西部アンデスのタチラ・メリダ・トルヒージョの3州が主産地。原産地呼称(DO)はアンデスの4地域に設定されているとされるkaffelito.comL3
タチラはコロンビアと国境を接し同じ山系に属する州で、標高1,200〜2,000mkaffelito.comL3
メリダは柑橘・ライムのような酸、シルキーなボディ、ダークチョコレートとはちみつのニュアンスが典型として語られるkaffelito.comL3
トルヒージョは大粒品種マラゴジッペ(通称「象の豆」)の産地として近年注目されているkaffelito.comL3
マラカイボ・ベネズエラ高地(アンデス山系の一部)全体では標高約305〜1,524m(1,000〜5,000ft)に農園が分布するhomegrounds.coL3
ベネズエラのコーヒーは1730年にオリノコ地方へ宣教会によって導入され、1741年には宣教師の一人がコーヒーを播いたと記録されているbibliofep.fundacionempresaspolar.orgL3
1830〜1855年には世界のコーヒーの約3分の1をベネズエラが生産したとされ、その後生産は拡大を続け、1919年に輸出1.37百万袋でピークを迎えたhelenacoffee.vnL3
輸出量は1992/93年の479,000袋(60kg)から2009/10年には19,000袋へ急減したhelenacoffee.vnL3
2003年、当時の大統領チャベス政権がコーヒーに価格統制を導入し、生産コストを下回る公定価格が生産者の採算を悪化させたとされるhelenacoffee.vnL3
MY2014/15にコーヒーさび病が発生し、栽培面積の70%超に被害が及んだとされるapps.fas.usda.govL1
生産の大半をアラビカ種が占めるapps.fas.usda.govL1
全日本コーヒー協会の2023年統計「輸入量上位24か国」にベネズエラは含まれない。coffee.ajca.or.jpL2
ティピカは1706年にジャワからアムステルダムへ渡った1株に由来する系統が、18世紀にカリブ・メキシコ・コロンビアを経て中南米へ広がったとされるcoffeefactz.comL3
ブルボンはイエメンからブルボン島へ渡った系統が起源で、ブラジル経由で中南米大陸に伝わったとされる。helenacoffee.vnL3
トルヒージョ州で栽培される大粒品種マラゴジッペは、粒の大きさから「エレファントビーン」と呼ばれるkaffelito.comL3
ベネズエラのコーヒーの収穫期は、年2回(10〜11月と12月〜2月中旬)とする資料と、10〜12月の手摘みで標高帯により年に10か月収穫できるとする資料がある。en.wikipedia.orgL3
ブルボン種は1860年頃にブラジルへ導入され、そこから中南米各地へ北へ広がったとされる。varieties.worldcoffeeresearch.orgL2
ベネズエラのコーヒー生産は2008年度の100万袋から2014年度に46万袋へ落ち、2025年度は50万袋(すべてアラビカ)。apps.fas.usda.govL1
ベネズエラの生豆輸出量は2007年度の22.5万袋から2017年度の0.8万袋へ減り、2018年度以降は0袋になった。apps.fas.usda.govL1
ベネズエラの国内消費は2018年度の124万袋から2019年度の55万袋へ減り、生豆輸入は65万袋から0になった。apps.fas.usda.govL1
ベネズエラのコーヒー産地は沿岸山脈と西部アンデスにあり、主な州はララ・ポルトゥゲサ・アンソアテギ・トルヒージョ・タチラ・モナガス・メリダ。apps.fas.usda.govL1
1988〜1993年の平均生産7万1,546トンのうち、州別ではタチラ20%・メリダ13%・トルヒージョ12%・ララ9%・ポルトゥゲサ9%を占めた。bibliofep.fundacionempresaspolar.orgL3
ベネズエラ政府は2009年11月、民間の大手コーヒー加工業者2社を大統領令で強制収用し、国内市場の約70%を握った。apps.fas.usda.govL1
2015年の大統領令1509号で、国産コーヒーは国の機関CVA-Caféだけが買う形になり、仲介業者の利用が禁じられた。apps.fas.usda.govL1
2014年12月の政令で、コロンビアと接するアプレ・タチラ・スリアの3州へのコーヒーの輸送が禁じられた(密輸対策)。apps.fas.usda.govL1
2020年4月24日、ベネズエラ政府は価格統制する27品目にコーヒーを加え、小売価格を500g入り1ドル(171,072ボリバル)と定めた。apps.fas.usda.govL1
肥料・殺菌剤・燃料が手に入らず、ベネズエラの2020/21年度の生産は前年度の55万袋から13%減の48万袋と予測された。apps.fas.usda.govL1
記録に残るベネズエラ最初のコーヒー輸出は1755年で、ラ・グアイラ港からカディスへ156ポンドが送られた。bibliofep.fundacionempresaspolar.orgL3
ベネズエラの輸出は1830〜1900年に7倍となり、コーヒーとカカオが平均50%、1870年代半ばには75%を占めた。scielo.org.mxL2
独立戦争で成熟したカカオの木が失われ、カカオからコーヒーへの置き換えが進んだ。初収穫はコーヒーが2年後、カカオは4年後。scielo.org.mxL2
カリペは1956年にモナガス州カリペ地区で確認されたティピカの選抜品種で、同州の地域品種として使われる。varieties.worldcoffeeresearch.orgL2
ベネズエラでは古い木はさび病に比較的強く、若い園地は殺菌剤なしだと被害を受けやすい。2020年は殺菌剤の不足が続いた。apps.fas.usda.govL1
日本のベネズエラ産コーヒー生豆(品目0901.11)の輸入は2023年の3,336kgに始まり、2025年は18,985kgまで増えた。coffee.ajca.or.jpL1

百科

位置と産地

西部アンデスのタチラ・メリダ・トルヒージョの3州が主産地で、原産地呼称(DO)はアンデスの4地域に設定されているとされる。ベネズエラのコーヒー産地は沿岸山脈と西部アンデスにあり、主な州はララ・ポルトゥゲサ・アンソアテギ・トルヒージョ・タチラ・モナガス・メリダ。

1988〜1993年の平均生産7万1,546トンのうち、州別ではタチラが20%、メリダが13%、トルヒージョが12%、ララとポルトゥゲサがそれぞれ9%を占めた。

タチラはコロンビアと国境を接し同じ山系に属する州で、標高は1,200〜2,000m。マラカイボ・ベネズエラ高地(アンデス山系の一部)全体では、標高約305〜1,524m(1,000〜5,000ft)に農園が分布する。メリダは柑橘・ライムのような酸、シルキーなボディ、ダークチョコレートとはちみつのニュアンスが典型として語られる。トルヒージョは、大粒品種マラゴジッペ(通称「象の豆」)の産地として近年注目されているとされる。棚に出るメリダ州の農園は、エル・バジェ地区(Sector el Valle)に所在する。

生産と品種

生産の大半をアラビカ種が占める。ベネズエラのコーヒー生産は、2008年度の100万袋から2014年度に46万袋へ落ち、2025年度は50万袋(すべてアラビカ)。

ティピカは1706年にジャワからアムステルダムへ渡った1株に由来する系統が、18世紀にカリブ・メキシコ・コロンビアを経て中南米へ広がったとされる。ブルボンはイエメンからブルボン島へ渡った系統が起源で、ブラジル経由で中南米大陸に伝わったとされる。ブルボン種は1860年頃にブラジルへ導入され、そこから中南米各地へ北へ広がったとされる。

トルヒージョ州で栽培される大粒品種マラゴジッペは、粒の大きさから「エレファントビーン」と呼ばれる。カリペは1956年にモナガス州カリペ地区で確認されたティピカの選抜品種で、同州の地域品種として使われる。

収穫期

収穫期は、年2回(10〜11月と12月〜2月中旬)とする資料と、10〜12月の手摘みで標高帯により年に10か月収穫できるとする資料があり、見解が分かれる。

病害

MY2014/15にコーヒーさび病が発生し、栽培面積の70%超に被害が及んだとされる。ベネズエラでは古い木はさび病に比較的強く、若い園地は殺菌剤なしだと被害を受けやすい。2020年は殺菌剤の不足が続いた。肥料・殺菌剤・燃料が手に入らず、2020/21年度の生産は前年度の55万袋から13%減の48万袋と予測された。

制度と統制

2003年、当時の政権がコーヒーに価格統制を導入し、生産コストを下回る公定価格が生産者の採算を悪化させたとされる。

2009年11月、政府は民間の大手コーヒー加工業者2社を大統領令で強制収用し、国内市場の約70%を握った。2014年12月の政令で、コロンビアと接するアプレ・タチラ・スリアの3州へのコーヒーの輸送が禁じられた(密輸対策)。2015年の大統領令1509号で、国産コーヒーは国の機関CVA-Caféだけが買う形になり、仲介業者の利用が禁じられた。

2020年4月24日、政府は価格統制する27品目にコーヒーを加え、小売価格を500g入り1ドル(171,072ボリバル)と定めた。

貿易の推移

輸出量は1992/93年の479,000袋(60kg)から2009/10年には19,000袋へ急減したとされる。生豆の輸出量は、2007年度の22.5万袋から2017年度の0.8万袋へ減り、2018年度以降は0袋になった。国内消費は2018年度の124万袋から2019年度の55万袋へ減り、生豆輸入は65万袋から0になった。

全日本コーヒー協会の2023年統計「輸入量上位24か国」には、ベネズエラは含まれない。

数字の読み方

この国の数字は、年も単位も資料ごとに異なる。生産量や輸出量は「年度」(2008年度・2025年度など)で、さび病の被害は「MY2014/15」で、生産の予測は「2020/21年度」で示される。州別の生産比率は1988〜1993年の平均で、現在の分布をそのまま表すものではない。予測として示された数字は、実績と分けて読む必要がある。

歴史

コーヒーは1730年にオリノコ地方へ宣教会によって導入された。1741年に自らコーヒーを播いたと述べる記述がある。記録に残る最初のコーヒー輸出は1755年で、ラ・グアイラ港からカディスへ156ポンドが送られた。

1830〜1855年には世界のコーヒーの約3分の1をベネズエラが生産したとされ、その後生産は拡大を続け、1919年に輸出1.37百万袋でピークを迎えた。輸出は1830〜1900年に7倍となり、コーヒーとカカオが平均50%、1870年代半ばには75%を占めた。

独立戦争で成熟したカカオの木が失われ、カカオからコーヒーへの置き換えが進んだ。初収穫はコーヒーが2年後、カカオは4年後だった。

買い方の手引き

棚での見え方

2026年10月2日時点の観測では、ベネズエラ産は7件・2店。内訳は生豆4件、焙煎サービス3件で、焙煎済みの豆はありません。生豆の100gあたりの中央値は339円です。精製の欄に値があるのはハニー3件で、店の説明文に出る風味の系統は数えられる件数がありません。

商品名の型は2通りです。「ベネズエラ/(農園名)(形態)」の形と、「ベネズエラ (農園名) (品種名)(生豆1kgパック)」のように日本語を連結する形があります。農園名の前に精製法(ブラックハニー)を置く例や、品種名(ピンクブルボン)を末尾に置く例が見られ、州名(タチラ・メリダ・トルヒージョ)は商品名に出ていません。形態の表記は「生豆」「焙煎サービス」「正袋35kg」「生豆1kgパック」「生豆時300g」など。

日本の輸入統計では、ベネズエラ産のコーヒー生豆(品目0901.11)は2023年の3,336kgに始まり、2025年は18,985kgまで増えました。

観測

コピチャ観測所が公開情報から機械収集した商品のうち、この項目に一致するもの。価格は在庫ありの行の最安 100g 換算。

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