ORIGIN — COUNTRY / COFFEE
ザンビア
ZAMBIA
アフリカ南部の内陸国で、北部州のカサマ・ムンウィ・ンバラの3郡が主産地とされる。大農園が中心という点が他のアフリカ産地と異なり、棚には等級記号と農園名を並べた商品名が出る。
事実
| 事実 | 出典 | 階層 |
|---|---|---|
| ザンビアのコーヒーは北部州のカサマ、ムンウィ、ンバラの各郡が主産地で、同州が国のコーヒー輸出の約 50% を占める。 | nor.gov.zm | L1 |
| ザンビアの主産地(カサマ・ムンウィ・ンバラ)の標高は 1200〜1500m で、降雨が安定しているとされる。 | nor.gov.zm | L1 |
| ザンビアのコーヒー輸出(あらゆる形態)は、2023 年 3 月〜2024 年 2 月の 12 か月で 99,890 袋(60kg 袋)、前年同期は 79,620 袋だった。 | ico.org | L1 |
| 2010/11〜2013/14 年度の平均で、ザンビアのコーヒー生産は 1 万袋(576 トン)、面積は 9,000ha、収量は 1ha あたり 64kg とされる。 | ico.org | L1 |
| 米国農務省の PSD の推計では、ザンビアのコーヒー生産は 2000/01 年度 9.4 万袋、2004/05 年度 11 万袋、2009/10 年度 2.7 万袋で、2010/11 年度以降は 0 とされる。 | apps.fas.usda.gov | L1 |
| 国営のザンビア・コーヒー会社の 2 農園(カテシとンゴリ)の生産は、1984〜1993 年に年平均 290 トン、最大は 1989 年の 750 トン(生豆)だった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビア北部州カサマの北約 26km のカテシ農園は標高 1,300〜1,400m にあり、2,062ha のうち 1,716ha が灌漑によるコーヒー栽培に適するとされる。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビア北部州のンゴリ農園はカサマの北約 56km のカサマ・ムバラ道路沿いにあり、面積は約 540ha、標高は約 4,700 フィートである。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 国営時代のカテシ・ンゴリ両農園に植えられていたのはアラビカの SL28 と SL34 で、どちらもコーヒーベリー病(CBD)と Fusarium に弱いとされる。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| アフリカのコーヒー栽培の多くは 0.5〜10ha の小農だが、マラウイとザンビアは大農園(エステート)が中心という例外である。 | ico.org | L1 |
| ザンビア(当時の北ローデシア)では、1923 年にアバーコーン郡(現ムバラ)で約 12.1ha(30 エーカー)にコーヒーが植えられた。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 1952 年にタンガニーカ南部高地のコーヒー価格が上がるとイソカ郡ナコンデ周辺で関心が戻り、1954 年に農務局が Fife に農業試験場、ムリに苗畑を設けた。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| イソカ郡のアフリカ人のコーヒー栽培は進みが遅く、1960 年に約 100 戸の栽培者がいたが、1962 年に販売できるだけの収穫があったのは 27 戸だった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 1965 年に英連邦開発公社の調査団が 5 か所の試験事業を勧告し、国が選んだのはカサマ北のンゴリで、事業は 1967 年に始まった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビア・コーヒー会社(ZCCL)は INDECO の子会社として 1985 年に設立され、カテシとンゴリを運営し、1996 年に民間の投資家へ移った。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 国際コーヒー機関は 1984 年 9 月にザンビアへ 330 トンの輸出割当を与えて後に 350 トンに増やし、ザンビアは 1985 年に 377 トンを初めて輸出した。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビアのアラビカの収穫は 3 月から 7 月にかけて行われ、盛りは 6〜7 月である。 | scoop.co.nz | L1 |
| ザンビアのコーヒーは果実を機械で脱果肉して洗い、金網の台で天日乾燥する水洗式で精製される。 | scoop.co.nz | L1 |
| ザンビアのコーヒー法は、アラビカ以外のコーヒーをザンビア国内で栽培することを禁じている。 | faolex.fao.org | L1 |
| ザンビアのコーヒー輸出先は、欧州が 94%、米国が 1%、残る 5% が南アフリカ・オーストラリア・日本とされる。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビアのコーヒー輸出の大半は欧州向けで、主な相手はドイツ・英国・スイス・オランダである。 | scoop.co.nz | L1 |
| ザンビアの北部州・ルアプラ州の調査地域では 12〜3 月が雨季で、年降水量の 8 割超がこの期間に降る。 | openjicareport.jica.go.jp | L1 |
| ザンビアの年平均降水量は、北部州のカサマ観測所で 1,310mm、ルアプラ州のマンサ観測所で 1,154mm である。 | openjicareport.jica.go.jp | L1 |
| ザンビアの北部州・ルアプラ州の調査地域はアクリソルと呼ばれる酸性土壌が分布し、採取した土壌の平均 pH は 4.2 だった。 | openjicareport.jica.go.jp | L1 |
| ザンビアの北部州では、酸性土壌でアラビカに石灰を施す雨養栽培の試験が 1980 年に 3 か所で植えられた。 | fao.org | L1 |
| ザンビアでは、乾季に水分が限られる条件の雨養コーヒーで適した植栽間隔を調べる試験が、1980 年に北部州の 3 か所で始まった。 | fao.org | L1 |
| 1980 年代のザンビアでは、北部州ミサムフの 1977 年植栽の試験でさび病は見られず、コーヒー果実病(CBD)も国内にまだ入っていなかったとされる。 | fao.org | L1 |
| 1980 年代のザンビアで種子用に推奨された SL34 はさび病と CBD に弱く、K7 と F839 はやや耐乾性で小農向けとされた。 | fao.org | L1 |
| ザンビア北部州の農園で 1998 年にコーヒー果実病(CBD)が発生し、収量と品質が下がった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 2005 年のザンビア北部州では、果実が膨らむ時期に主雨期が来て雨が強く、防除薬を散布できず、収量の約 3 分の 1 が CBD で失われた。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 1990 年代後半のザンビア北部州の農園は、CBD に強いとされたカティモール 129 への植え替えを始めたが、資金の行き違いで進まなかった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビア・コーヒー委員会は法定の政府機関で、コーヒー産業の規制、コーヒーの販売促進、品質の高いコーヒー生産の奨励を担う。 | faolex.fao.org | L1 |
| ザンビア・コーヒー生産者協会(ZCGA)は会員の生産者が出資する団体で、普及指導・品質管理・製粉・倉庫・船積みを担う。 | scoop.co.nz | L1 |
| ザンビアのコーヒー法は、ザンビア・コーヒー生産者協会またはその代理人が、コーヒーの唯一の輸出者であると定める。 | faolex.fao.org | L1 |
| ザンビアでコーヒーを栽培するのは、2007 年時点で大規模農家が約 75、小規模農家が約 520 とされる。 | scoop.co.nz | L1 |
| ザンビア北部州の 3 農園を持つ会社は 2004 年に約 3,000 トンを生産し、全国の約 6,500 トンの 3 分の 1 超を占めた。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 同じ会社の生産は 2004 年の約 3,000 トンから 2008/09 年度の 200 トン未満に減り、樹の老化や CBD などが要因に挙げられている。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビア北部州の同じ会社は、拡張のため国内の 2 銀行から多額を借りたが、2005 年の収量減で運営費を回収できず、返済できなくなった。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| ザンビアのコーヒー輸出は 2004 年の約 6,500 トンから 2009 年に 2,000 トン未満へ減り、大農園 2 つの閉鎖が背景に挙げられている。 | rims.unza.ac.zm | L2 |
| 2005 年の干ばつと、強いクワチャおよび高い金利による設備投資や拡張の難しさが、ザンビアのコーヒー生産の伸びを抑える要因とされた。 | scoop.co.nz | L1 |
| 日本のザンビア産生豆(0901.11)の輸入量は、2020〜2025 年に 176,543・110,854・37,572・51,881・170,875・54,366kg だった。 | coffee.ajca.or.jp | L1 |
| 日本のザンビア産生豆の輸入単価は、2020 年 443 円/kg、2022 年 878 円/kg、2025 年 1,382 円/kg だった。 | coffee.ajca.or.jp | L1 |
| 日本のザンビア産生豆の輸入は、2026 年 1〜7 月の累計が 296,534kg(4,942 袋)で、7 月単月は 34,441kg だった(速報)。 | coffee.ajca.or.jp | L1 |
百科
位置と産地
ザンビアのコーヒーは北部州のカサマ、ムンウィ、ンバラの各郡が主産地で、同州が国のコーヒー輸出の約50%を占めるとされる。主産地の標高は1200〜1500mで、降雨が安定しているとされる。
北部州のカテシ農園はカサマの北約26kmにあり、標高は1,300〜1,400mで、2,062haのうち1,716haが灌漑によるコーヒー栽培に適するとされる(1978年)。同じ北部州のンゴリ農園はカサマの北約56km、カサマ・ムバラ道路沿いにあり、面積は約540ha、標高は約4,700フィートである(1968年)。
気象と土壌
北部州・ルアプラ州の調査地域では12〜3月が雨季で、年降水量の8割超がこの期間に降る(2011年)。年平均降水量は、北部州のカサマ観測所で1,310mm、ルアプラ州のマンサ観測所で1,154mmである。
同じ調査地域にはアクリソルと呼ばれる酸性土壌が分布し、採取した土壌の平均pHは4.2だった。この条件のため、北部州では酸性土壌でアラビカに石灰を施す雨養栽培の試験が、1980年に3か所で植えられた。乾季に水分が限られる条件の雨養コーヒーで、適した植栽間隔を調べる試験も、同じ1980年に北部州の3か所で始まっている。
生産と品種
アフリカのコーヒー栽培の多くは0.5〜10haの小農だが、マラウイとザンビアは大農園(エステート)が中心という例外である(2015年)。栽培する農家は、2007年時点で大規模農家が約75、小規模農家が約520とされる。ザンビアのコーヒー法は、アラビカ以外のコーヒーをザンビア国内で栽培することを禁じている(2006年改正)。
国営時代のカテシ・ンゴリ両農園に植えられていたのはアラビカのSL28とSL34で、どちらもコーヒーベリー病(CBD)とFusariumに弱いとされる(1995年)。1980年代に種子用として推奨されたSL34はさび病とCBDに弱く、K7とF839はやや耐乾性で小農向けとされた。1980年代の北部州ミサムフでは、1977年植栽の試験でさび病は見られず、CBDも国内にまだ入っていなかったとされる。
CBDは1998年に北部州の農園で発生し、収量と品質が下がった。2005年には、果実が膨らむ時期に主雨期が来て雨が強く、防除薬を散布できず、収量の約3分の1がCBDで失われた。1990年代後半には、CBDに強いとされたカティモール129への植え替えが始まったが、資金の行き違いで進まなかった。
精製と収穫
アラビカの収穫は3月から7月にかけて行われ、盛りは6〜7月である(2007年)。ザンビアのコーヒーは、果実を機械で脱果肉して洗い、金網の台で天日乾燥する水洗式で精製される。
生産量と輸出の推移
ザンビアのコーヒー生産の数字は、資料ごとに大きく異なる。2010/11〜2013/14年度の平均で、生産は1万袋(576トン)、面積は9,000ha、収量は1haあたり64kgとされる。一方、米国農務省のPSDの推計では、生産は2000/01年度9.4万袋、2004/05年度11万袋、2009/10年度2.7万袋で、2010/11年度以降は0とされる。
コーヒー輸出(あらゆる形態)は、2023年3月〜2024年2月の12か月で99,890袋(60kg袋)、前年同期は79,620袋だった。国営のザンビア・コーヒー会社の2農園(カテシとンゴリ)の生産は、1984〜1993年に年平均290トン、最大は1989年の750トン(生豆)だった。
北部州の3農園を持つ会社は、2004年に約3,000トンを生産し、全国の約6,500トンの3分の1超を占めた。同じ会社の生産は、2004年の約3,000トンから2008/09年度の200トン未満に減り、樹の老化やCBDなどが要因に挙げられている。ザンビアのコーヒー輸出は2004年の約6,500トンから2009年に2,000トン未満へ減り、大農園2つの閉鎖が背景に挙げられている。
この会社は拡張のため国内の2銀行から多額を借りたが、2005年の収量減で運営費を回収できず、返済できなくなった。2005年の干ばつと、強いクワチャおよび高い金利による設備投資や拡張の難しさも、生産の伸びを抑える要因とされた(2007年)。
輸出先
輸出先は、欧州が94%、米国が1%、残る5%が南アフリカ・オーストラリア・日本とされる(2007年)。大半は欧州向けで、主な相手はドイツ・英国・スイス・オランダである。
日本のザンビア産生豆(0901.11)の輸入量は、2020〜2025年に176,543・110,854・37,572・51,881・170,875・54,366kgだった。輸入単価は、2020年443円/kg、2022年878円/kg、2025年1,382円/kgである。2026年1〜7月の累計は296,534kg(4,942袋)で、7月単月は34,441kgだった(速報)。
制度と組織
ザンビア・コーヒー委員会は法定の政府機関で、コーヒー産業の規制、コーヒーの販売促進、品質の高いコーヒー生産の奨励を担う。ザンビア・コーヒー生産者協会(ZCGA)は会員の生産者が出資する団体で、普及指導・品質管理・製粉・倉庫・船積みを担う。コーヒー法は、この協会またはその代理人が、コーヒーの唯一の輸出者であると定めている。
ザンビア・コーヒー会社(ZCCL)はINDECOの子会社として1985年に設立され、カテシとンゴリを運営し、1996年に民間の投資家へ移った。国際コーヒー機関は1984年9月にザンビアへ330トンの輸出割当を与えて後に350トンに増やし、ザンビアは1985年に377トンを初めて輸出した。
数字の読み方
この国の数字は、年も単位も資料ごとに異なる。生産量は、トン(国営2農園の1984〜1993年)、袋(2010/11〜2013/14年度の平均、PSDの推計)で示され、輸出は2023年3月〜2024年2月の12か月の袋数や、2004年・2009年のトン数で示される。農園の面積や標高は1968年・1978年の記述で、現在の数字とは限らない。
歴史
ザンビア(当時の北ローデシア)では、1923年にアバーコーン郡(現ムバラ)で約12.1ha(30エーカー)にコーヒーが植えられた。
1952年にタンガニーカ南部高地のコーヒー価格が上がるとイソカ郡ナコンデ周辺で関心が戻り、1954年に農務局がFifeに農業試験場、ムリに苗畑を設けた。イソカ郡のアフリカ人のコーヒー栽培は進みが遅く、1960年に約100戸の栽培者がいたが、1962年に販売できるだけの収穫があったのは27戸だった。
1965年に英連邦開発公社の調査団が5か所の試験事業を勧告し、国が選んだのはカサマ北のンゴリで、事業は1967年に始まった。
買い方の手引き
棚での見え方
2026年10月2日時点の観測では、ザンビア産は14件・2店です。内訳は生豆8件、焙煎サービス6件で、焙煎済みの豆はありません。生豆の100gあたりの中央値は224円です。精製の欄に値があるのはナチュラル3件で、店の説明文に出る風味の系統は数えられる件数がありません。
商品名の型は、「ザンビア/(等級記号)(農園名)(形態)」の形が中心です。等級記号はAA・AAAで、農園名の後に「(焙煎サービス)」「(正袋30kg)」「(生豆)」と形態を括弧で並べ、同じ銘柄が形態ごとに別の商品として出ます。「ニュークロップ」の注記が付く例や、「ザンビア/ナチュラル・レインフォレスト」のように精製法を銘柄名の一部にする例があります。農園名を持たず「ザンビア (生豆時500g)」のように内容量だけを添える商品名もあります。州名・郡名(北部州・カサマ・ムンウィ・ンバラ)は、観測した商品名には出ていません。
日本の輸入統計では、ザンビア産の生豆(品目0901.11)は2020〜2025年に年間37,572〜176,543kgの範囲で動いています。
観測
コピチャ観測所が公開情報から機械収集した商品のうち、この項目に一致するもの。価格は在庫ありの行の最安 100g 換算。
精製の内訳
規格別の相場(生豆・商社規格が読める銘柄だけ)
| 規格 | 銘柄 | 店 | 100g 中央値 | |
|---|---|---|---|---|
| ザンビア AA | 4 | 1 | ¥287 | ボードで見る → |
観測した商品