ORIGIN — COUNTRY / TEA

八女

八女茶 / YAME

福岡県南部・矢部川流域の茶産地。地理的表示第5号「八女伝統本玉露」の産地で、山間部の玉露・かぶせ茶と平坦部の煎茶を作り分ける。

事実

事実出典階層
八女市は福岡県南部に位置し、面積482.44km²ja.wikipedia.orgL3
八女市は北を広川丘陵、東を八女山地、南を筑肥山地に囲まれた盆地的地形で、矢部川の支流・星野川と合流する地点より西側に扇状地が開けるja.wikipedia.orgL3
矢部村は標高300〜600mの中山間地、筑後市は標高20〜40mで良質な煎茶・かぶせ茶の産地とされるfukuoka-yamecha.jpL2
矢部川の水源は、三国山(994m、福岡・大分・熊本の県境)とする資料と釈迦岳とする資料がある。流路延長は61km、流域面積は資料により620km²または647km²と幅がある。city.yame.fukuoka.jpL1
地理的表示(GI)登録上、当地域は年平均気温15.2℃・年間降水量2,019mmで、朝夕の気温差が大きく朝霧が発生し、夜間の植物呼吸が抑制されてテアニン等のアミノ酸が蓄積されるとされる(gi-act.maff.go.jpの登録簿本体は本調査で未到達、ミラーのpd.jgic.jpで確認)pd.jgic.jpL2
福岡県の茶栽培面積は1,540ha・全国5位(令和元年度=2019年度)で、うち約90%が八女地域とされるfukuoka-yamecha.jpL2
福岡県内の製茶工場数は平成12年(2000年)225工場から平成26年(2014年)140工場へ減少し、経営統合によるとされるfukuoka-yamecha.jpL2
玉露生産は明治37年(1904年)頃、旧八女郡星野村で始まり、その後周辺の中山間地域に広がったとされるpd.jgic.jpL2
「伝統本玉露」は、剪定をせず自然に芽を伸ばす自然仕立て、稲わらを使い茶樹と距離を取った棚から覆う棚被覆、しごき摘みで一心二葉を摘む手摘みの3条件を満たす玉露を指すとされるja.wikipedia.orgL3
被覆資材には稲わら・葦などを編んだ天然素材の「すまき」を用いるとされるpd.jgic.jpL2
地理的表示(GI)第5号「八女伝統本玉露」として登録されている(gi-act.maff.go.jpの登録簿本体は本調査で未到達、ミラーのpd.jgic.jpで確認)pd.jgic.jpL2
GI登録年月日は2015-12-22(平成27年12月22日)pd.jgic.jpL2
GI登録団体は八女伝統本玉露推進協議会(福岡県八女市本村420-1)pd.jgic.jpL2
応永30年(1423年)、明から帰国した禅僧・栄林周瑞が筑後国鹿子尾村(現・八女市黒木町笠原)庄屋の松尾太郎五郎久家に茶の種子と製茶技法を伝えたという伝承があり、久家の援助で建立された霊巌寺がその発祥地と伝わる。八女市・協議会側はこれを「600年」の起点として用いている。fukuoka-yamecha.jpL2
明治16年(1883年)、アメリカが粗悪茶の輸入禁止条例を発令したことを契機に、当地方の釜炒り茶は輸出から脱落し、その後は紅茶奨励に転じたとされる。蒸製緑茶への転換の時期は、明治4年(1871年)頃に星野村で始まった、または大正時代に進んだなど資料により一致しない。ja.wikipedia.orgL3
福岡県の茶の品種構成は、平成24年の農林水産省の表で、やぶきた75%、おくみどり5%、かなやみどり4%、さえみどり4%、やまかい2%である。maff.go.jpL1
一番茶の摘採は4月中旬に開始し、5月上旬に最盛期を迎えるとされるfukuoka-yamecha.jpL2
八女市の旧矢部村地域は福岡県の最南東部にあり、標高300〜600mの山に囲まれた土地で茶が栽培され、昼夜の気温差が大きい。fukuoka-yamecha.jpL2
八女市の旧星野村地域は中山間にあり、この地で生産される伝統本玉露が知られる。fukuoka-yamecha.jpL2
八女市の旧立花町では、標高80〜350mの傾斜地で煎茶を中心に茶が生産され、県内で唯一、蒸し製玉緑茶が作られる。fukuoka-yamecha.jpL2

百科

位置と地形

八女は福岡県南部、矢部川の流域に広がる茶産地で、行政上は八女市を中心に筑後市・広川町を含む。八女市は面積482.44km²、人口60,943人ほど(統計により62,012人という値もあり、年で差がある)で、北を広川丘陵、東を八女山地、南を筑肥山地に囲まれた盆地的地形を持つ。矢部川の支流・星野川と合流する地点より西側には扇状地が開け、平坦な茶園が広がる。2010年には八女郡黒木町・立花町・矢部村・星野村が八女市に編入され、現在の市域になった。

福岡県茶業振興推進協議会は産地を大きく山間部と平坦部に区分している。山間部は星野村・黒木町・上陽町・矢部村などで、標高300〜600mの中山間地にあたる。平坦部は八女市中心部・筑後市・広川町で、標高20〜40mほどの低地にある。黒木町は八女茶の発祥地とされる地域で玉露生産の中心地の一つ、上陽町は煎茶(高級煎茶)の生産振興地域として位置づけられている。

矢部川の水源は三国山(標高994m、八女市矢部地区。福岡・大分・熊本の県境)とする資料と釈迦岳とする資料があり、筑肥山地の北縁を西へ流れて八女市域で扇状地を形成し、下流はみやま市・柳川市の間を経て有明海に注ぐ。流路延長は61km、流域面積は620km²(別の資料では647km²とされる)。上流部の河床勾配は約1/80〜1/200と急で、山地の地形を反映している。

気候

地理的表示(GI)登録上の記載によれば、当地域は年平均気温15.2℃、年間降水量2,019mmで、朝夕の気温差が大きく朝霧が発生しやすい。この朝霧と気温差により、夜間の植物呼吸が抑制されてアミノ酸(テアニン等)が蓄積されるとされ、山間部の玉露づくりの背景として説明される。黒木地区の統計では年間平均気温15.4℃、年間降水量2,058.1mmという記載もあり、GI登録上の数値とおおむね近い。

歴史

八女における茶の始まりには伝承がある。応永30年(1423年)、明から帰国した禅僧が黒木町笠原地区に霊巌寺を開山するとともに、明式(釜炒り)の茶の栽培と喫茶法を伝えたというもので、八女市や協議会側は「600年」という年数の起点としてこの伝承を用いている。別の記載では、この禅僧が地元の庄屋に茶の種子と製茶技法を与えて一般に広めたとも伝わる。いずれも伝承であり、史実として確定した記録ではない。

明治期には転機があった。明治16年(1883年)、アメリカが粗悪茶の輸入禁止条例を発令したことを契機に、当地方の釜炒り茶は輸出から脱落し、その後は紅茶奨励に転じたとされる。蒸製緑茶への転換の時期は、明治4年(1871年)頃に星野村で始まった、または大正時代に進んだなど資料により一致しない。明治6年(1873年)には紅茶生産も始まり大正期まで奨励されたが、国際市場での競争により衰退したと伝わる。明治37年(1904年)頃には旧八女郡星野村で玉露生産が始まり、周辺の中山間地域に広がっていった。

名称の統一も記録されている。大正14年(1925年)、八女郡福島町(現・八女市本町)で開かれた物産共進会・茶の全国品評会の席で、釜炒り製茶の時代から呼ばれていた「筑後茶」「笠原茶」「星野茶」など複数の郡産茶の呼び名を「八女茶」に統一するよう提唱され、可決されたと複数の茶商サイトが記す。一次資料での文言確認はできていない。

玉露と本簀(ほんず)被覆

玉露は覆いをした茶園の葉を煎茶と同様の工程で仕上げるお茶で、日本茶業中央会の「緑茶の表示基準」では、一番茶の新芽が伸び出した頃から20日程度ほぼ完全に遮光した覆下園の葉を使うものと定義される。八女の玉露は、稲わらや葦などを編んだ天然素材の「すまき」を茶樹と距離を取った棚に掛けて覆う棚被覆が伝統的な方法とされ、樹に直接資材を掛ける方式とは区別される。化学繊維の寒冷紗を直接掛ける簡便な方法との違いは、遮光の均一さと通気性にあるとされる。

八女伝統本玉露の要件

地理的表示(GI)の対象である「八女伝統本玉露」は、剪定をせず自然に芽を伸ばす「自然仕立て」、稲わらを使い茶樹と距離を取った棚から覆う「棚被覆」、しごき摘みで一心二葉を摘む「手摘み」という3条件を満たす玉露を指すとされる。この3条件を満たさない玉露は「八女伝統本玉露」を名乗れない。GI名称には「110年以上守り受け継いでいる」という記載があり、明治37年(1904年)の玉露生産開始から2015年のGI登録までの期間に対応する。

地理的表示(GI)

八女伝統本玉露は地理的表示保護制度に基づき、地理的表示第5号として2015年12月22日(平成27年12月22日)に登録された。登録団体は八女伝統本玉露推進協議会(福岡県八女市本村420-1)。登録簿の生産地域の記載は「福岡県内」という広い範囲になっているが、別の説明では八女市及び周辺市町の中山間地域に限定して語られる。なお登録簿本体(gi-act.maff.go.jp)は本調査では直接確認できず、内容が同一とみられるミラー(pd.jgic.jp)で確認した。

品種と摘採期

福岡県の推奨品種は「やぶきた」を中心に、「かなやみどり」「おくみどり」「さえみどり」「やまかい」「さみどり」「おくゆたか」「ごこう」「あさつゆ」の計9種が挙げられる。平成24年の農林水産省の表では、福岡県の品種構成は「やぶきた」75%、「おくみどり」5%、「かなやみどり」4%、「さえみどり」4%、「やまかい」2%である。一番茶の摘採は4月中旬に開始し、5月上旬に最盛期を迎えるとされる。平坦部の茶園は二番茶までで三番茶を摘まない園がほとんどで、一番茶の品質を高めるためとされる。八女では「八女紅茶」と呼ばれる和紅茶も作られ、「やぶきた」を中心に「おくみどり」「さえみどり」「あさつゆ」も使われるという記載がある。

煎茶と玉露の作り分け

同じ八女の中でも、標高300〜600mの山間部(星野村・黒木町・上陽町・矢部村など)は玉露・かぶせ茶の産地として、標高20〜40mの平坦部(八女市中心部・筑後市)は煎茶・かぶせ茶の産地として区分されている。玉露は前述のとおり長期の遮光を経て作られ、煎茶は覆いをしない露地栽培の葉を蒸し・揉み・乾燥の工程で仕上げる。同じ産地でも地形の高低差によって作り分けが成り立っている点は、覆い下栽培を持つ他の茶産地と共通する。

典型として語られる香味

玉露は覆いによる旨み成分の保持を背景に、渋みの少ない濃い旨みとまろやかな香りで語られることが多い。煎茶は覆いをしない露地栽培が中心で、旨みを残しつつ穏やかな渋みで語られる傾向がある。これらは産地・茶種の一般的な傾向として語られる表現であり、個々の銘柄の評価ではない。

国内での流通

八女は観測所の茶の産地のなかで玉露と煎茶の両方が観測される産地で、贈答用の詰合せ・ギフトの比率が高いことが商品名の傾向として見て取れる(下の「観測」の節に件数が自動で出る)。専門店の商品名には品種名や「星野」「奥八女」といった下位地名が入ることがあるが、贈答用の商品では「八女茶」とだけ書かれ、茶種・品種・下位地名が省かれることが多い。他産地(鹿児島・静岡・宇治など)と同じ詰合せの中で併記される商品も見られ、単一産地の商品として比較する際は注意が必要になる。

買い方の手引き

商品名の読み方

八女の商品名で最も多いのは「八女茶」の語で、贈答用の詰合せ・ギフトに集中します。この型では茶種や品種が書かれないことが多く、「八女茶詰合せ」「八女茶ギフト」に型番が続く形が中心です。産地としての八女茶であることを確かめたいときは、「八女玉露」「八女煎茶」「伝統本玉露」のように茶種まで明記された商品を選ぶか、「星野」「奥八女」といった下位地名を手がかりにしてください。「星野」は行政上の村名としてよりも「八女星野茶」「星野製茶園」のように銘柄・屋号の一部として現れ、「奥八女」は星野・黒木・上陽・矢部をまとめて指す山間部の通称として使われます。

玉露と煎茶で価格帯が大きく違う

八女は玉露と煎茶の両方を産しますが、価格帯は大きく異なります。「伝統本玉露」を明記する商品は少なく、単に「玉露」とだけ書かれることが多いので、価格が想定より高い・安いと感じたら、玉露か煎茶かをまず確認してください。「八女紅茶」「和紅茶」を名乗る商品もありますが、単体よりゆず等のフレーバーを添えたものが目立ちます。

内容量と時期

内容量は30g・80g・100gが目安で、贈答用の包装(化粧箱・詰合せ)になると同じ量でも単価が上がる傾向があります。一番茶は4月中旬から摘採が始まり5月上旬が最盛期で、新茶を名乗る商品はこの時期以降に流通します。年号(20xx年)を明記する商品は新茶であることが多く、年号のない商品は通年在庫の可能性があります。

導線

下の「観測」の節には、八女の茶を扱う店と商品数、100g換算の価格帯が自動で出ます。品種名(やぶきた等)を手がかりに探す場合は品種図鑑もあわせて利用できます。

観測

コピチャ観測所が公開情報から機械収集した商品のうち、この項目に一致するもの。価格は在庫ありの行の最安 100g 換算。

茶種の内訳

緑茶16

観測した商品

24銘柄 / 18店 / 在庫あり 22 / 100g中央値 ¥3,208

煎茶堂東京八女 抹茶 おくみどり¥12,600 /100g在庫あり2026-10-12

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