「アナエロビック」「カーボニックマセレーション」「イースト」——ここ数年、豆の名前にこうした語が付いた銘柄が増えました。産地や品種ではなく精製の工程名です。この記事では、まず「発酵はもともとコーヒーに入っている」ところから出発して、新しい発酵系精製が何をしているのか、味・価格・淹れ方の観点で整理します。
発酵は昔からあった
精製の基礎で見たとおり、コーヒーの果実から種(豆)を取り出す工程には、どの方法にも微生物の働きが含まれます。
| 伝統的な精製 | 発酵が起きる場所 | 発酵の役割 |
|---|---|---|
| ウォッシュト | 果肉を剥いた後の水槽(12〜36 時間) | 豆に残った粘液質を分解して洗い流せるようにする |
| ナチュラル | 果実ごと乾燥台の上で(12〜21 日) | 乾く間も豆が果肉・糖分に接し続けるとされる |
| ハニー/パルプドナチュラル | 粘液質を残したまま乾燥 | ウォッシュトとナチュラルの中間 |
つまり「発酵していないコーヒー」は存在しません。伝統的な精製の発酵は、結果として起きるものであって、狙って設計するものではありませんでした。
発酵系精製とは「制御された発酵」
2010 年代半ばから、この発酵を密閉タンクで温度・時間・酸素・微生物を管理して行う生産者が増えました。ワインの醸造技術の応用です。代表的な手法を分けると次のようになります。
| 名称 | やること | 測られていること |
|---|---|---|
| アナエロビック(嫌気性発酵) | 果実または果肉を剥いた豆を密閉タンクに入れ、酸素を抜いて発酵させる。ナチュラル・ウォッシュト双方に適用 | ナチュラル用の果実を CO2 で置換して 24 時間発酵した区は SCA 形式のカッピングで 86.90 点(無発酵の対照は 82.15 点)。密閉・低酸素では乳酸菌などが優占し、乳酸などの酸を生むとされる |
| カーボニックマセレーション | 果実を丸ごと二酸化炭素で満たしたタンクに入れる。ワインのボジョレー製法に由来。2015 年の世界バリスタ大会で広まった | 96 時間の発酵では総合スコアと温度(38 ℃)に有意な関数関係が見られた。NMR で測ったトリゴネリン・ギ酸・ヒドロキシメチルフルフラール・脂質・γ-ブチロラクトンがカッピングのスコアに寄与した |
| 酵母添加(イースト) | 特定の酵母を加えて発酵の方向を決める | 酵母を接種した Bourbon のウォッシュト発酵(室温 36 時間)では、生豆のエタノールが対照の約 3〜4 倍、酢酸が約 2 倍、酪酸が約半分になった。ブラジルのナチュラルとパルプドナチュラルへの接種区は、自然発酵より飲料の点が最大 5 点上がった |
| 果肉・果汁戻し | 別の果実の果肉や果汁(モスト)を発酵タンクに足す | — |
| 長時間発酵(エクステンデッド) | 発酵時間を 48〜120 時間に延ばす | コロンビアのウォッシュトを 192 時間まで自然発酵させた試験では、SCA 点は発酵時間で有意に変わらず(p=0.33)、1 試料を除き 80.75〜85.00 点だった |
微生物が糖を分解して、酸や香りの成分(乳酸など)ができます。密閉槽の自己誘導嫌気発酵の実験では、乳酸が 72 時間までに槽の底 5.06、中 4.70、上 2.18 g/L に増えました(HPLC による測定)。コロンビアのウォッシュトの試験では、酢酸菌 Acetobacter は開放槽(半嫌気)で多く見つかりました。
国内の棚での実態 — 観測データから
コピチャ観測所が観測する焙煎豆のうち、銘柄名から精製が読めた 1,145 件の内訳は次のとおりです(2026-09-04 時点)。
| 精製 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| ウォッシュト | 487 | 43% |
| ナチュラル | 355 | 31% |
| ハニー | 169 | 15% |
| アナエロビック | 97 | 8% |
| パルプドナチュラル | 29 | 3% |
| カーボニックマセレーション | 8 | 1% |
発酵系(アナエロビック+カーボニックマセレーション)は約 9%。「棚に普通に並ぶ」程度には定着していますが、主流はまだ伝統的な精製です。100g 換算の価格の中央値は、発酵系が ¥1,296、焙煎豆全体が ¥1,215 で、約 7% 高い(楽天の出品者を含む全 3,686 件)。手間と歩留まりの分の上乗せと、希少性の分が乗っています。
産地では、エチオピア・コロンビア・ルワンダ・コスタリカの銘柄に発酵系が多く、焙煎豆相場ボードで精製=アナエロビックに絞ると、店ごとの取り扱いと相場が見られます。
味の当たり外れ — 何を期待し、何を警戒するか
ナチュラルの試験では、無発酵の対照 82.15 点に対し、CO2 で 24 時間発酵した区が 86.90 点でした(SCA 形式のカッピング)。コロンビアのウォッシュトを 192 時間まで自然発酵させた試験では、フェノール欠点の出た 1 試料(開放槽・全果実・72 時間)が 80.75〜85.00 点の範囲の外でした。発酵が過度に進むとアルコール臭等の欠点にもなるとされます。
買うときの目安は 3 つ。
- 時間が書いてあるか。「72 時間アナエロビック」のように工程が明示されている生産者は、管理の意識が高い
- 産地・品種の説明が残っているか。発酵香だけを売りにして産地の説明が薄い銘柄は、豆そのものの個性が弱いことがある
- 同じ店の伝統精製と比べる。同じ産地のウォッシュトとアナエロビックを並べている店なら、差が発酵によるものだと分かる
淹れ方の注意
発酵系の豆は香りの成分が多く、高温・長時間で淹れると発酵香が過剰に出て重くなります。ハンドドリップの変数で言えば、湯温を 88〜90℃ に落とし、抽出時間を短めに、比率は 1:15〜16 でやや軽く。冷めると発酵香が際立つので、アイスコーヒーにするなら急冷式より水出しのほうが丸く出ます。焙煎は浅煎り〜中煎りが多く、焙煎度を深くすると、訓練パネルの試験(エチオピア・ハワイ・エルサルバドルの豆)で burnt/acrid・ashy/sooty の香りの強度が高くなりました。
東南アジアと発酵系精製
タイ北部(チェンライ・チェンマイ)やミャンマーの生産者は、産地の知名度で勝負しにくいぶん、発酵系の精製に積極的です。ドイチャーンやドイトゥンのような産地ブランドが、果肉ごと発酵させる手法を前面に出すのはこの文脈で、「精製で差別化する産地」として見ると理解しやすい。詳しくは東南アジアのコーヒー事情にまとめました。
まとめ
- 発酵は伝統的な精製にも含まれる。発酵系精製はそれを密閉タンクで制御したもの
- アナエロビック(酸素を抜く)・カーボニックマセレーション(果実ごと CO2)・酵母添加・果肉戻し・長時間、の 5 系統で読める
- 国内の棚では約 9%、価格は約 7% 高い。エチオピア・コロンビア・ルワンダに多い
- 淹れるときは低め・短め・軽め。深煎りにしない
精製名が読めるようになると、同じ産地の銘柄が並んだときに「何が違うのか」を値段の前に判断できます。産地の話はエチオピア、品種の話は品種入門へ。