「アナエロビック」「カーボニックマセレーション」「イースト」——ここ数年、豆の名前にこうした語が付いた銘柄が増えました。産地や品種ではなく精製の工程名です。この記事では、まず「発酵はもともとコーヒーに入っている」ところから出発して、新しい発酵系精製が何をしているのか、味・価格・淹れ方の観点で整理します。

発酵は昔からあった

精製の基礎で見たとおり、コーヒーの果実から種(豆)を取り出す工程には、どの方法にも微生物の働きが含まれます。

伝統的な精製 発酵が起きる場所 発酵の役割
ウォッシュト 果肉を剥いた後の水槽(12〜36 時間) 豆に残った粘液質を分解して洗い流せるようにする
ナチュラル 果実ごと乾燥台の上で(2〜4 週間) 乾く間に果肉の糖が分解され、果実味が豆に移る
ハニー/パルプドナチュラル 粘液質を残したまま乾燥 ウォッシュトとナチュラルの中間

つまり「発酵していないコーヒー」は存在しません。伝統的な精製の発酵は、結果として起きるものであって、狙って設計するものではありませんでした。

発酵系精製とは「制御された発酵」

2010 年代半ばから、この発酵を密閉タンクで温度・時間・酸素・微生物を管理して行う生産者が増えました。ワインの醸造技術の応用です。代表的な手法を分けると次のようになります。

名称 やること 味の傾向
アナエロビック(嫌気性発酵) 果実または果肉を剥いた豆を密閉タンクに入れ、酸素を抜いて発酵させる。ナチュラル・ウォッシュト双方に適用 果実味・甘みが増し、乳酸のような丸い酸。シナモンやスパイスの香りが出ることも
カーボニックマセレーション 果実を丸ごと二酸化炭素で満たしたタンクに入れる。ワインのボジョレー製法に由来。2015 年の世界バリスタ大会で広まった 熟した赤い果実、ワインのような香り。輪郭がはっきりする
酵母添加(イースト) 特定の酵母を加えて発酵の方向を決める 発酵の再現性が上がる。トロピカルフルーツ系の香りを狙うものが多い
果肉・果汁戻し 別の果実の果肉や果汁(モスト)を発酵タンクに足す 甘みと発酵香が強くなる。やり過ぎると豆の個性が消える
長時間発酵(エクステンデッド) 発酵時間を 48〜120 時間に延ばす 発酵香が前面に出る。酢やアルコールに寄るリスクが上がる

微生物が糖を分解するときにできる酸や香りの成分(果実や花の香りを持つエステル類、乳酸など)が豆に染み込む、というのが共通の仕組みです。酸素を抜くのは、酢酸を作る菌を抑えて、乳酸系の穏やかな酸に寄せるためです。

国内の棚での実態 — 観測データから

コピチャ観測所が観測する国内 50 店の焙煎豆のうち、銘柄名から精製が読めた 1,145 件の内訳は次のとおりです(2026-09-04 時点)。

精製 件数 割合
ウォッシュト 487 43%
ナチュラル 355 31%
ハニー 169 15%
アナエロビック 97 8%
パルプドナチュラル 29 3%
カーボニックマセレーション 8 1%

発酵系(アナエロビック+カーボニックマセレーション)は約 9%。「棚に普通に並ぶ」程度には定着していますが、主流はまだ伝統的な精製です。100g 換算の価格の中央値は、発酵系が ¥1,296、焙煎豆全体が ¥1,215 で、約 7% 高い(楽天の出品者を含む全 3,686 件)。手間と歩留まりの分の上乗せと、希少性の分が乗っています。

産地では、エチオピア・コロンビア・ルワンダ・コスタリカの銘柄に発酵系が多く、焙煎豆相場ボードで精製=アナエロビックに絞ると、店ごとの取り扱いと相場が見られます。

味の当たり外れ — 何を期待し、何を警戒するか

発酵系の良い豆は、産地や品種だけでは出ない香り(赤い果実・ワイン・シナモン・トロピカルフルーツ)を持ち、甘みが濃く、酸が丸い。逆に発酵が行き過ぎた豆は、酢・アルコール・漬物のような匂いが出ます。これは欠点ではなく発酵の延長線上なので、好みが割れる領域です。

買うときの目安は 3 つ。

  1. 時間が書いてあるか。「72 時間アナエロビック」のように工程が明示されている生産者は、管理の意識が高い
  2. 産地・品種の説明が残っているか。発酵香だけを売りにして産地の説明が薄い銘柄は、豆そのものの個性が弱いことがある
  3. 同じ店の伝統精製と比べる。同じ産地のウォッシュトとアナエロビックを並べている店なら、差が発酵によるものだと分かる

淹れ方の注意

発酵系の豆は香りの成分が多く、高温・長時間で淹れると発酵香が過剰に出て重くなります。ハンドドリップの変数で言えば、湯温を 88〜90℃ に落とし、抽出時間を短めに、比率は 1:15〜16 でやや軽く。冷めると発酵香が際立つので、アイスコーヒーにするなら急冷式より水出しのほうが丸く出ます。焙煎は浅煎り〜中煎りが多く、焙煎度を深くすると発酵香が焦げに紛れて、高い理由が分からなくなります。

東南アジアと発酵系精製

タイ北部(チェンライ・チェンマイ)やミャンマーの生産者は、産地の知名度で勝負しにくいぶん、発酵系の精製に積極的です。ドイチャーンやドイトゥンのような産地ブランドが、果肉ごと発酵させる手法を前面に出すのはこの文脈で、「精製で差別化する産地」として見ると理解しやすい。詳しくは東南アジアのコーヒー事情にまとめました。

まとめ

  1. 発酵は伝統的な精製にも含まれる。発酵系精製はそれを密閉タンクで制御したもの
  2. アナエロビック(酸素を抜く)・カーボニックマセレーション(果実ごと CO2)・酵母添加・果肉戻し・長時間、の 5 系統で読める
  3. 国内の棚では約 9%、価格は約 7% 高い。エチオピア・コロンビア・ルワンダに多い
  4. 淹れるときは低め・短め・軽め。深煎りにしない

精製名が読めるようになると、同じ産地の銘柄が並んだときに「何が違うのか」を値段の前に判断できます。産地の話はエチオピア、品種の話は品種入門へ。