水出し緑茶の投稿に、「玉露は 40℃ くらいが旨みも甘みも出て、いちばん割に合うのでは」という返信をもらいました。玉露の淹れ方の目安として出回っているのは「50〜60℃」や「50℃・2 分」で、40℃ はそれより一段低い温度です。この記事では、湯温を変えて茶の成分を測った実測を並べ、40℃・50℃・60℃ でそれぞれ何が出て何が出ないかを読みます。
目安の形 — 「50〜60℃」と「40℃」
日本茶インストラクター協会は玉露を「沸騰させてから 50〜60℃ まで冷ました湯で、ゆっくりと」、伊藤園のお茶百科は「6 g・50℃・100 ml・2 分」としています。理由はどちらも「旨みを出して渋みを出さない」で、煎茶・玉露・抹茶の違いで扱ったとおり、被覆栽培で残した旨み成分テアニンを、渋み成分カテキンより先に引き出す発想です。
40℃ はこの延長線上にあります。もっと低くすれば渋みはさらに出ないはず、という読みです。では実測はどう言っているか。
成分ごとの「出やすさ」は温度で入れ替わる
茶の味を作る主な成分は 3 群です。
| 成分 | 味 | 湯温との関係(実測の要約) |
|---|---|---|
| テアニンなどのアミノ酸 | 旨み | 低温でもよく出る。20〜70℃ では測った成分の中で最も溶出率が高い |
| 遊離型カテキン(EGC・EC) | 苦味 | 温度とともに増える。カフェインと同程度の出方 |
| エステル型カテキン(EGCg・ECg) | 苦味と渋み | 温度への依存が最も強い。20℃ ではほとんど出ず、50℃ でも 1 煎目は 1 割以下 |
| カフェイン | 苦味 | 低温では時間をかければ出る。90℃ では 2 分で 8 割を超える |
渋みの主役はエステル型カテキンで、これが「ぬるめの湯で渋みが落ちる」の正体です。カフェインは温度が低いと出方が遅いだけで、出ないわけではありません。
実測 1 — 急須で 2 分、20℃ から 90℃ まで
野菜茶業研究所(現・農研機構)が「やぶきた」の荒茶 3 g に各温度の水 200 ml を注ぎ 2 分浸出したときの、浸出液の濃度(mg/L)です(堀江ほか 2001、一番茶)。右の列は 90℃ の値を 100 としたときの比で、記事側で割り算しました。
| 湯温 | テアニン | カフェイン | EGC(遊離型) | EGCg(エステル型) | 90℃比: テアニン/カフェイン/EGC/EGCg |
|---|---|---|---|---|---|
| 20℃ | 77 | 35 | 81 | 21 | 36 / 15 / 22 / 6 |
| 50℃ | 127 | 87 | 170 | 104 | 59 / 36 / 46 / 28 |
| 70℃ | 187 | 175 | 300 | 247 | 87 / 73 / 80 / 66 |
| 90℃ | 216 | 239 | 373 | 377 | 100 / 100 / 100 / 100 |
50℃ では、テアニンは 90℃ の 6 割近く出ているのに、渋みのエステル型カテキンは 3 割弱、カフェインは 4 割弱です。20℃ まで下げると、テアニンも 4 割弱に落ち、エステル型はほぼ出ません。旨みと渋みの比が最も旨み側に寄るのは低温ですが、旨みの絶対量も減る——これが「ぬるいほど良い」とは単純に言えない理由です。
実測 2 — 上級煎茶で 1 煎目 60 秒、50℃ から 90℃ まで
同じ研究所と民間企業の共同研究で、市販の上級煎茶 4 g に 120 ml の湯を注ぎ、1 煎目 60 秒で葉の成分の何 % が出たかを測った表です(坂本ほか 2002)。
| 湯温 | テアニン | カフェイン | EGC(遊離型) | EGCg(エステル型) |
|---|---|---|---|---|
| 50℃ | 40.5% | 21.6% | 17.5% | 6.9% |
| 60℃ | 48.9% | 38.4% | 19.2% | 8.8% |
| 70℃ | 49.3% | 34.6% | 33.2% | 17.1% |
| 90℃ | (測定なし) | 62.7% | 44.2% | 31.5% |
50℃ と 60℃ の差は、テアニンで 8 ポイント、エステル型カテキンで 2 ポイントです。つまり 50℃ から 60℃ に上げても渋みはほとんど増えず、旨みは少し増える。「50〜60℃」という目安の幅は、この実測と整合しています。一方 70℃ を超えるとエステル型が急に出始め、90℃ の 1 煎目ではカフェインの溶出量が 50℃ のおよそ 3 倍になります。
40℃ はどこに位置づくか
読めた実測に 40℃ の点はありません(20・50・60・70・90℃)。20℃ と 50℃ の間を見ると、テアニンが 36 → 59、エステル型が 6 → 28 ですから、40℃ はその途中、旨みが 5 割前後・渋みが 2 割前後という見立てになります。「渋みをさらに抑えて、旨みはある程度残す」温度としては筋が通っています。
ただし、実測は煎茶の数字です。玉露はテアニンが多くカテキンが少ない茶なので、同じ温度でも旨みと渋みの比は煎茶より旨み側に寄るはずですが、玉露の葉で温度別に測った表は見つかりませんでした。
時間を延ばすと、低温でも渋みは出てくる
「40℃ でじっくり」の「じっくり」には限度があります。堀江ほか 2001 のもう一つの実験(撹拌しながら一定温度に保つ)では、20℃ でもエステル型カテキンは 20 分で 3 割、カフェインと遊離型は 7 割を超えました。60℃ では 20 分後にはエステル型も含めて全成分が 8 割以上出ています。
低温は「出ない」のではなく「出るのが遅い」だけです。40℃ で 2〜3 分なら渋みは抑えられても、10 分置けば 60℃ の短時間浸出に近づいていきます。低温で淹れる意味は、時間で切ることで初めて成り立ちます。
冷水まで下げるとこの遅さがさらに効きます。農研機構の測定では、10℃ の水で 1 時間置いても EGCg は 80℃・2 分の 2 割、カフェインは 5 割にとどまり、テアニンは 30 分でほぼ全量出ています(水出し緑茶の科学)。
国内の棚の玉露
コピチャ観測所が観測する茶葉のうち、商品名に「玉露」を含む銘柄はブレンドを除いて 40 銘柄、100 g あたりの価格の中央値は ¥4,253 です(2026-09-19 時点の catalog。抹茶は 102 銘柄・¥6,557)。同じ葉から何煎取れるかは、この価格帯では気になるところです。実測 2 では、50〜70℃ で 1 煎目に出るテアニンは半分近くで、3 煎目までにほぼ全量が出ています。1 煎目を低温にして、2 煎目以降で温度を上げる淹れ方は、この「残り」を使う方法です。
言えること・言えないこと
| 主張 | 実測からの読み |
|---|---|
| 玉露は 50〜60℃ で旨みが出て渋みが出にくい | 煎茶の実測で、50〜60℃ ではテアニンが 4〜6 割出てエステル型カテキンは 1 割以下。目安と整合する |
| 40℃ ならさらに渋みが抑えられる | 20℃ と 50℃ の間の補間としては筋が通る。40℃ の実測は無い |
| 40℃ のほうが甘みが出る | 甘みの感じ方を温度別に測った資料は見つからない。言えない |
| 低温なら長く置いても渋みは出ない | 出ない。20℃ でも 20 分でエステル型は 3 割出る。低温は時間で切ってこそ |
| 低温ならカフェインは出ない | 出方が遅いだけ。20℃ で 20 分置けば 7 割を超える |
| 玉露の葉でも同じ数字になる | 実測は煎茶。玉露で温度別に測った表は見つからない |
まとめ
- 温度を下げると、渋みのエステル型カテキンが最初に出なくなり、次にカフェイン、旨みのテアニンは最後まで出続ける
- 50℃ と 60℃ の差は小さく、70℃ を超えると渋みが急に増える。「50〜60℃」の目安は実測と整合する
- 40℃ は実測の外側。旨み 5 割前後・渋み 2 割前後という補間の見立てで、時間を短く切るなら理にかなう
- 低温は「出ない」ではなく「遅い」。置きすぎれば 60℃ と変わらなくなる
返信をくれた方の「40℃ がコスパ良い」は、渋みをさらに抑えて 1 煎目を旨み側に寄せ、2 煎目以降を熱めで取る、という淹れ方として読めます。玉露の葉で 40℃ を測った数字が出てきたら、この記事に足します。
参考文献・データについて
- 堀江秀樹・氏原ともみ・木幡勝則「茶主要成分の茶浸出液への溶出特性」茶業研究報告 91: 29–33(2001)。実測 1 と恒温実験の出典
- 坂本彬・中川致之・杉山弘成・堀江秀樹「煎茶の 1 煎, 2 煎, 3 煎液の成分組成に基づく溶出特性」茶業研究報告 94: 45–55(2002)。実測 2 の出典
- 物部真奈美「緑茶成分の免疫作用: 抽出温度の違いで機能が変わる」化学と生物 59(10): 504–511(2021)。冷水の溶出率(一次は農研機構技報 3: 26, 2019)
- 農林水産省「緑茶の美味しさと機能性を両立する「水出し緑茶」」(2021)
- Vuong QV ほか「Optimum conditions for the water extraction of L-theanine from green tea」J. Sep. Sci.(2011): テアニンの収量は 80℃・30 分で最大。低温「でも」出るのであって、低温「のほうが」出るのではない
- Jin Y ほか「Comprehensive Investigation of the Effects of Brewing Conditions in Sample Preparation of Green Tea Infusions」Molecules(2019): 95℃ ではカテキンが 10 分以降に異性化で減り、60℃ では 60 分後も変わらない
- 湯温の目安: 日本茶インストラクター協会、伊藤園 お茶百科
- 棚の数字は
scripts/question-post-stats.mjs(catalog 2026-09-19)。調査の記録はdocs/research/articles/gyokuro-brew-temperature_2026-09-19.md