「ネパール」と書かれた紅茶の缶は、紅茶専門店の棚でもまだ数が少ない産地です。紅茶の産地入門ではダージリン・アッサムなどと並べて扱いませんでしたが、実はこの産地、地図の上ではダージリンと国境を接し、歴史の上でも深く絡み合っています。この記事ではネパール単独で、地図の輪郭・名前のつまずき・国内の棚の実測データを歩きます。
ネパールはどういう産地か
まず輪郭を3つ。
- 平地と山地で、産地も製法も分かれます。ネパール政府は1982年、ジャパ・イラム・パンチタール・ダンクタ・テラトゥムの5県を「ティーゾーン」として公式に指定し、小規模農家の茶栽培を奨励したとされます。このうちジャパは平地でCTC製法の主産地、残る4県は山地でオーソドックス製法の産地です
- 生産規模はダージリン・アッサムに比べればずっと小さく、ここ20年で急伸しました。生産量は1999-2000年度の5,085トンから2016-17年度には約5倍の24,409トンに増加したと報じられています。同年度の内訳はCTC製法が18,547トン(76%、ジャパ地区のみで生産)、オーソドックス製法は5,862トン(24%、うちイラムが83.3%)とされます
- 輸出はインドに大きく依存しています。報道が引く政府統計では、2022-23年度のオーソドックス紅茶の輸出額の88%超がインド向けで、第三国向けは11.4%にとどまったとされます。第三国向け輸出先には日本も挙げられていますが、対日輸出そのものの数量・金額は確認できていません
地図で読む — 平地ジャパと山地4県、国境の先はダージリン
ネパールの茶産地は、大きく二つの産地圏に分かれます。
| 産地圏 | 地区 | 地形・標高 | 製法 |
|---|---|---|---|
| 平地 | ジャパ(Jhapa) | 平地 | CTC。2016-17年度の生産量の76%(18,547トン)を占め、CTCはジャパ地区のみで生産されるとされる |
| 山地(1982年ティーゾーン指定) | イラム・パンチタール・ダンクタ・テラトゥム | 標高約900〜2,100m | オーソドックス。同年度5,862トン(24%)、うちイラムが83.3%を占める |
| 山地(伝統5県の外) | タプレジュンなど | 2,000〜4,000mとされるが、一般的な茶樹の生育限界に照らすと高い可能性があり、地区全体の標高か個々の茶園の標高かも含めて未確認 | オーソドックス |
このうちイラムは、インドのダージリン・シッキムと国境を接する地区です。イラムでは、ダージリンで茶産業が始まった約10年後の1863年に最初の茶園「イラム茶園」が開かれたとされ、地理的な近接と気候の類似から、ダージリン茶に似た性質を持つと語られます。ダージリンの標高2,000m級の急斜面と、アッサムの低地——という産地入門の対比に、もう一つ、国境を挟んで隣り合う丘陵の産地が加わる格好です。
「ダージリンとして売られた」歴史 — 名前のつまずき①
ネパール紅茶を語るときに欠かせないのが、この産地の名前がずっと表に出てこなかった歴史です。**ネパールは1951年まで対外的に孤立しており、茶産業はインドのようには発展しませんでした。**当時のイラムの生葉の多くは、ネパール国内で製茶されずに国境を越えてダージリンの工場に売られ、ダージリン紅茶として扱われたとされます。ネパールが独自の茶産地として認知されるようになったのは、後年のことです。
この構図が変わり始めたのが2018年です。政府は「ネパール・オーソドックス紅茶認証商標指令」を制定し、2020年9月23日、農業・牧畜開発大臣が申請42工場のうち基準を満たした12工場・協同組合(イラム9・テラトゥム2・サンクワサバ1)に商標証明書を交付したと報じられています。商標制定以前、ネパールのオーソドックス紅茶は輸出時にインド・ダージリンのロゴを使って販売されており、独自商標はこれをやめる目的だったとされます。かつてダージリンの名前を借りていた産地が、自分の名前で売る仕組みをようやく持った——という順序で読むと、この産地の位置づけがつかみやすくなります。
「新茶」という商品名 — 名前のつまずき②
もう一つのつまずきは、商品名に使われる言葉そのものです。国内の一部の店は、ネパール紅茶のファーストフラッシュ(春摘み)を指すのに「新茶」という語を使います。「新茶」は本来、日本茶の一番茶(その年最初に萌芽した新芽を摘んだ茶)を指す語で、ネパール紅茶の商品名では、この語がファーストフラッシュと同じ時期を指す言葉として転用されています。日本茶の新茶と勘違いしないよう、産地名(ネパール・イラム等)とセットで確認するのが確実です。
収穫期は等級ではない — 名前のつまずき③
ネパールの摘採期はダージリンに近く、ファーストフラッシュ・セカンドフラッシュ・モンスーン・オータムナルの4期に分かれると語られます(各期のおおよその月はダージリンを座標で買うの整理に準じます)。セカンドフラッシュ・オータムナルという語はダージリン・アッサムと共通ですが、指しているのは「いつ摘んだか」だけで、等級でも産地でもありません。
等級記号(SFTGFOP1など)についても事情は同じです。ネパールの等級表記は、ダージリン・アッサムと共通の体系で、葉の大きさと芯芽(ティップ)の量を示す分類であって、味の格付けではありません。製法についても、オーソドックス製法には中国種(ダージリンと同じ系統)が、CTC製法にはアッサム種が主に使われるとされ、CTCという語自体もアッサムの記事で扱った内容と同じ製法を指します。
国内の棚の実態 — 観測データから
コピチャ観測所が観測する国内の店のうち、産地がネパールの茶(ブレンドを除く)は117銘柄・7店でした(catalog 2026-09-13時点。茶種の内訳は紅茶101・緑茶13・白茶2・烏龍茶1)。100g換算の中央値は¥4,000(47件)。
| 見出し語(題名照合) | 銘柄 | 店 | 100g換算の中央値 |
|---|---|---|---|
| イラム | 30 | 3 | ¥3,024 |
| ダンクタ | 18 | 2 | ¥4,450 |
| パンチタール | 3 | 1 | — |
| ファーストフラッシュ | 37 | 4 | ¥4,400 |
| セカンドフラッシュ | 33 | 5 | ¥4,000 |
| オータムナル | 21 | 4 | ¥3,400 |
| 新茶 | 7 | 1 | ¥4,300 |
| 茶園名あり | 67 | 7 | ¥4,100 |
| 白茶 | 2 | 1 | ¥4,400 |
| ウーロン | 1 | 1 | ¥4,700 |
| ティーバッグ | 2 | 1 | — |
(100g換算は在庫のある行の最安値。中央値は5件未満のときは出していません。語は題名で照合しているので、1銘柄が複数の行に数えられます。数字はすべて catalog 2026-09-13時点)
読み取れることが2つあります。
- 茶園名あり(67件・7店)は、扱う117銘柄の半数を超えます。ダージリン・アッサムと同じ、産地・地区・茶園名を並べた商品名がネパール紅茶でも主流だと分かります
- 扱う店は7店にとどまります。この規模の産地では特定の1店の品揃え・値付けの傾向が数字全体に強く反映されやすく、この表の中央値も店ごとの偏りをならしきれていない可能性があります
紅茶価格ボードでは、産地×茶園×収穫期で店をまたいだ比較ができます(セット・ティーバッグ・ブレンドは比較の対象外です)。狙いの地区・茶園があれば、紅茶価格ボードで入荷を確認してください。
買うときの目安
- まず地区名と茶園名の組み合わせで探す。国内の棚では茶園名ありが67件・7店ともっとも厚く、地区ではイラム(30件・3店)とダンクタ(18件・2店)が中心です
- 「新茶」はファーストフラッシュの転用表記と知っておく。日本茶の一番茶ではなく、ネパール紅茶の春摘みを指す商品名です
- 等級記号はダージリン・アッサムと同じ読み方でよい。等級の読み方にまとめた「葉の大きさであって味の格付けではない」という前提がそのまま当てはまります
- 収穫期は同じ茶園でも味の傾向が変わる目安として使う。ファースト・セカンド・オータムナルのどれかは、ダージリンを座標で買うで扱った茶園×収穫期の考え方に近い読み方ができます
まとめ — ネパール紅茶の選び方3ステップ
- 地図で位置を掴む: 平地ジャパ(CTC)と山地イラム・パンチタール・ダンクタ・テラトゥム(オーソドックス)。イラムはダージリン・シッキムと国境を接する
- 名前の三つのつまずきを分ける: かつてダージリン紅茶として売られた歴史、「新茶」というファーストフラッシュの転用表記、収穫期は等級でも産地でもないこと
- 実測データで店を選ぶ: 茶園名ありが67件・7店ともっとも厚い層。狙いの地区・茶園は紅茶価格ボードで入荷を確認する
同じ北東インド周辺の産地でも、ダージリン・アッサムとネパールでは、産業の規模も歴史の歩みもまったく違います。紅茶の産地入門とあわせて読むと、国境を挟んだ産地の輪郭がより見えてきます。