「エルサルバドル パカマラ」——エルサルバドルのコーヒーは、国名の次に品種名が来る商品名が目立つ産地です。パカマラは大粒で個性の強い豆という触れ込みで語られがちですが、実際は1958年にこの国で交配された固有の品種で、大粒であることと味の良し悪しは別の話です。この記事では、火山列に沿う産地区分の位置関係と、標高による等級「SHG」の読み方、そしてパカマラという品種が生まれた経緯を、国内の棚の実測とあわせて整理します。中米の隣国グアテマラの記事が標高等級の仕組み全般とSHBを扱ったのに対し、ここではSHGに絞ります。
エルサルバドルはどういう産地か
まず輪郭を3つ。
- 国土の小ささに比べて、歴史的な生産量は大きな国でした。藍(インディゴ)に代わって1880年代後半にコーヒーが導入され、1920年代には輸出の90%を占めるまでになりました。CSC(Consejo Salvadoreño del Café、エルサルバドルの政府機関)のデータでは、1970年代には生産量で世界3位、輸出量で世界4位だったとされます。しかし1979〜1992年の内戦の時期に、生豆生産量は1979年の175,000tから1986年に141,000tへ19%減少しました(栽培面積は約18万haで一定で、原因は低い収量)
- 内戦後の土地改革で、大農園から小規模農家中心の構造へ転換しました。現在は生産者の95%が20ha未満の小規模農家です。コーヒーはいまや国の輸出の2%未満で、往時から大幅に縮小しています。国のコーヒー政策・研究・品質基準・生産者支援は、CSCという単一の政府機関が担っています
- 栽培は火山列に沿って分布しています。国内最大の産地区分アパネカ・イラマテペックは栽培面積の約半分を占め、サンタアナ火山を含みます。標高は500〜2,365mの範囲に及びますが、農園自体は標高900〜1,600mが中心です
産地の地図 — 火山列に沿う産地区分
商品名や産地解説で見る産地区分名は、次の4つが中心です。
| 産地区分 | 特徴 | 標高 |
|---|---|---|
| アパネカ・イラマテペック | 国内最大の産地区分で、栽培面積の約半分を占める。アワチャパン・ソンソナテ・サンタアナの3県にまたがり、サンタアナ火山を含む | 500〜2,365m(農園自体は900〜1,600mが中心) |
| チャラテナンゴ | 国北部。冷涼な気温と火山性土壌が特徴で、ブルボン品種の産地として言及される | 数値は未取得 |
| サンビセンテ(チンチョンテペック) | 2022年にEUとの連合協定で原産地呼称として保護された。対象はサンビセンテ県とラパス県の市町村 | 800m以上 |
(サンタアナはアパネカ・イラマテペック地域の一部で、独立の産地区分ではありませんが、火山性土壌の産地として商品名にも単独で現れます。アティトランやフライハーネスのように、グアテマラの8区分と同格の細分がエルサルバドルにあるかは、今回の調査では確認できていません)
位置関係を掴む — 西の火山地帯、北の高地、中部の新しい産地
地図で位置関係を掴むなら、軸は3つです。西部は国内最大のアパネカ・イラマテペックで、サンタアナ火山を含む火山性の高地が、アワチャパン・ソンソナテ・サンタアナの3県にまたがって広がります。北部のチャラテナンゴは、この西部の帯とは別に、国境に近い冷涼な高地に位置し、ブルボン品種の産地として言及されます。中部から東寄りのサンビセンテは、チンチョンテペック火山の周辺に位置する比較的新しい産地区分で、国内3番目の生産地域です。国土そのものが小さいため、3つの産地区分はどれも国内で大きく離れているわけではなく、いずれも火山性土壌という土台を共有しています。
名前のつまずき — パカマラは「大粒の豆」ではなく、この国で生まれた品種
ここがエルサルバドルで一番つまずくところです。パカマラは産地の伝統品種でも野生種でもなく、1958年に国の研究機関が交配で作り出した品種です。
経緯は2段階です。まず、Fernando Alberto Pacas Figueroaという人物が、自身の農園でブルボンの自然変異を発見しました(発見の年は、1956年とする資料と、1949年に発見して1960年に選抜を始めたとする資料があります)。フロリダ大学の研究でこれが新しい系統と判定され、発見者の名からパカスと名付けられました。次に1958年、ISIC(エルサルバドル・コーヒー研究所)が、このパカスと、ブラジル起源の大粒品種マラゴジッペ(ティピカの変異種)を交配します。「パカマラ」という名前は、両親の頭音節(Paca+Mara)を組み合わせたものです。約30年の選抜・試験を経て、生産者への配布は1970年代末〜1980年代にかけて段階的に進みました。
つまり「パカマラ=大粒の高い豆」という語られ方は、大粒であることはマラゴジッペから受け継いだ形質として事実ですが、それだけで品質の高さが決まるわけではありません。実際の商品名では、パカマラは単独ではなく農園名やロット名とセットで書かれるのが基本で、「FINCA EL TRIGALITO PACAMARA - EL SALVADOR」のように、農園名を前面に出す型が中心です。品評会Cup of Excellence(COE)の入賞歴が商品名に添えられる例もあり、これも農園やロットの個性を示す情報です。
品種の全体像としては、パカスの親であるブルボンがチャラテナンゴやアパネカ・イラマテペックの高地で栽培される代表品種で、そこにパカスとパカマラが加わる構図です。品種の基礎的な系統関係は品種入門の記事で扱っています。
規格と精製 — SHGという標高等級
商品名につく等級記号は、ほぼSHGの一択です。
標高による等級は3段階に分かれ、SHG(Strictly High Grown)は標高1,200m以上とされます。それより低いHG・CSという等級も制度上は存在しますが、日本国内の商品名でHG・CS単独の表記はほとんど見られません。標高等級の仕組み自体(なぜ標高が密度や成熟速度に関わるか、SHBとの違い、国ごとに閾値が揺れること)はグアテマラの記事とSHB・SHGの用語ページにまとめてあるので、ここでは繰り返しません。1点だけ補足すると、エルサルバドルの1,200mという閾値は、複数の商社解説で比較的安定して一致する数値で、グアテマラのSHB(資料によって1,350〜1,600mまで幅がある)ほどの食い違いは見られません。
商品名には「Qグレード」という表記が併記されることもありますが、これはSCA(Specialty Coffee Association)の品質認証制度で、標高による等級SHGとは別の物差しです。同じ商品名にSHGとQグレードが両方書かれていても、片方が片方を保証するものではありません。
精製はウォッシュトが基本で、ナチュラルによる精製のロットも一部見られます。精製方式そのものの説明は精製入門の記事を参照してください。
国内の棚の実態 — 観測データから
コピチャ観測所が観測する国内店と楽天市場の出品者のうち、産地がエルサルバドルのコーヒー(ブレンドを除く)は80銘柄・15店でした(catalog 2026-09-13時点)。内訳は生豆42、焙煎豆26、その他(生豆卸の焙煎サービス等)12。焙煎豆の100g換算の中央値は¥1,361(18件)、生豆は¥420(15件)です。
精製が商品名に書かれている銘柄はナチュラル17・ウォッシュト11で、残る52件は精製が書かれていません。焙煎度が書かれている焙煎豆は4件で、内訳は浅煎り2・深煎り1・中煎り1です。
| 見出し語(商品名の照合) | 銘柄 | 店 | 生豆 | 焙煎豆 | 焙煎豆の中央値/100g | 生豆の中央値/100g |
|---|---|---|---|---|---|---|
| サンタアナ | 2 | 2 | 2 | 0 | — | ¥432 |
| SHG | 31 | 5 | 23 | 0 | — | ¥318 |
| SHB | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — |
| パカマラ | 15 | 4 | 6 | 7 | ¥1,361 | ¥421 |
| パカス | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — |
| ブルボン | 21 | 5 | 12 | 4 | — | ¥420 |
| ハニー | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — |
| ナチュラル | 17 | 5 | 8 | 7 | ¥1,167 | ¥447 |
| ウォッシュト | 9 | 6 | 3 | 6 | ¥1,286 | ¥351 |
| アナエロビック | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — |
(100g換算は在庫のある行の最安値。中央値は5件未満のときは出していません。語は題名で照合しているので、1銘柄が複数の行に数えられます。見出し語のどれにも当たらない銘柄が18件あります)
読み取れることが3つあります。
- SHGが80件中31件、店の15のうち5が扱う一方、SHBは0件です。同じ中米でも、グアテマラの市場がSHBで統一されているのに対し、エルサルバドルはSHGで統一されています
- 品種名では、ブルボン(21件)がパカマラ(15件)より多い。パカマラの知名度に反して、商品名としての出現数は代表品種ブルボンのほうが上回っています
- 産地区分名はほとんど出現しません。アパネカ・イラマテペック、チャラテナンゴ、サンビセンテはいずれも今回の照合で0件、サンタアナだけが2件出現しました。産地区分より農園名と品種名が、商品名の骨格になっています
焙煎豆は焙煎豆相場ボード(エルサルバドル絞り込み)で日ごとの分布が見られます。生豆は生豆価格ボードで、SHG表記の生豆が店をまたいで並びます。
買うときの目安
- まず1袋なら「SHG」の中深煎り。標高規格だけの商品名でも、扱う店が最も多い等級表記なので比べやすい入り口です
- 品種で選ぶなら、ブルボンとパカマラを飲み比べる。ブルボンは代表品種としての標準的な位置づけ、パカマラは大粒のマラゴジッペを親に持つ、性格の違う2品種です
- 商品名の型を覚えておく。国内では「エルサルバドル+SHG+農園名+品種」の順、輸入豆の英語表記では「FINCA+農園名+品種-EL SALVADOR」のように農園名が先に来る順があります。どちらも産地区分名はほぼ出てきません
- 産地区分で選びたいなら、店を先に探す。サンタアナ以外の産地区分名は商品名にほとんど出てこないので、産地ページの観測した商品から店単位でたどるほうが早い場合があります
まとめ — エルサルバドルの選び方3ステップ
- 記号を分けて読む: SHGは標高1,200m以上を示す等級で、Qグレードとは別の物差し。エルサルバドルの市場はSHGで統一されていて、SHBは使われません
- 品種で個性を掴む: 代表品種のブルボンに対し、パカマラは1958年にパカス×マラゴジッペの交配で生まれた固有品種。大粒であることと品質の高さは別の話です
- 農園名とロットを手がかりにする: 産地区分名はほとんど商品名に出てこないので、農園名・品種・COEの入賞歴といった情報のほうが、実際の選び分けに役立ちます
「パカマラ=高級な大粒豆」という語られ方の裏には、1958年の交配という具体的な育種の経緯があります。この国の名前を聞いたら、火山列に沿う産地区分よりも先に、そこで生まれた品種の物語を思い出すと、棚の見え方が変わります。